2023.3.5
不機嫌は脳波によって伝染する?──慶應義塾大学教授・満倉靖恵さんはどのように感情を「定量化」したのか
「人の気持ちが知りたい」が原点
──少しさかのぼってお話をうかがいたいのですが、満倉さんはそもそもなぜ感情とか感性を研究されようと思ったのでしょうか。
満倉 人の気持ちを知りたいと思ったのがきっかけです。大学生の頃、周りの人々が何を考えているかわからなかったんですよね。相手の感情が手に取るように分かったらなんて楽なんだろう、と思ったのが最初です。
──学部生の頃からそういう研究をしたいと思われていたんですね。
満倉 興味はありました。人の気持ちが分かるなんて絶対ありえないと言われてきたんですが、「嬉しい」「楽しい」「好き」という感情が周りから見えてしまう人っていますよね。悔しいとかつらいといったマイナスの気持ちは隠す人のほうが多いですが、隠しても身体のどこかに必ず感情が表れているはずだと思いました。
なぜなら、気持ちが変わることは脳波やホルモンの変化とも結びついていることが医学的に分かっていたので。だからその関係を科学的に解析できれば感情が見えるんじゃないかとその時から思っていました。今振り返ると変わった学生でしたね(笑)。
──満倉さんは医学と工学の分野をまたいで学ばれています。「感性アナライザ」はその知見が生かされていますが、学生時代は勉強が大変ではなかったですか。
満倉 大変ではないです。好きだったので。もちろん勉強の全部が好きなわけではなかったですが、知りたい気持ちが強過ぎて、どうしたらこれがわかるんだ、というのが学問につながったと思います。
──満倉さんのような研究をしている方はいなかったわけですよね。指導教員を探すのが難しかったのではないでしょうか。
満倉 もともとは電気・情報系が専攻だったので、身体の筋肉を動かすと出る「筋電」の信号を採って、右左の腕を動かすとそれぞれどういう信号になるかということを調べたりしていました。でも、電気信号は身体を動かす時だけに出るのではなく、気持ちが動いた時にも出るんじゃないかなと思っていたので、脳波をとりたいという話を先生にしたんです。でも、その当時は脳波をとることにネガティブな印象があったんですよ。オウムの事件があったので。
──オウム真理教に関する報道では、怪しげなヘッドギアみたいな大型装置で脳波をとる映像が流れ続けていたので、当時はたしかに「脳波=怪しい」というイメージでした。
満倉 なので、周りからは脳波計測は大反対されたんです。それでも、まずは自分でやってみようと思って、自分の脳波をとったこともあります。その後、脳波の研究をしている先生を探して、研究させてくださいとお願いしに行きました。
──経歴を拝見すると複数の大学で学ばれたり、教えられたりしていますが、それはご自身の興味のあることを学び、研究するためだったのでしょうか。
満倉 そうですね。それが一番の理由でした。
──今は慶應大学の理工学部と医学部に所属されていますが、企業とのお仕事もされていますよね。昨年の4月に化粧品会社のコーセーと化粧品と脳波、ホルモンの関係を共同研究するという記者発表がありました。
満倉 コーセーさんとの共同研究では、気持ちに働く化粧品や、香りで気持ちを変える製品の開発に関わっています。特に香りは気持ちに大きく影響していて、気持ちを変化させるスイッチにもなります。
──ほかにも企業との共同研究をされているんですか。
満倉 そうですね。30社以上と一緒にやっています。商品開発のほかに、商品の訴求力を見るABテストやCMの評価を手がけています。一般的なCMの評価はモニターの方たちに何十本も見せて、感想と評価を書いてもらうんですが、さすがに全部は覚えていられないですよね。感性アナライザを使えば、CMを見ている時の感情の動きをリアルタイムで追うことができます。「どの場面で感情が動くのか」とか「どういうイメージが記憶にとどまるか」などのポイントを見つける研究をしています。