よみタイ

主役の「気仙沼つばき会」と漁師に、写真家が加わったことで奇跡的な「物語」になった——写真評論家・タカザワケンジが読む、唐澤和也『海と生きる』

『気仙沼漁師カレンダー』の10年以上にもわたるプロジェクトの歩みを描いたノンフィクション、唐澤和也さんの『海と生きる 「気仙沼つばき会」と『気仙沼漁師カレンダー』の10年』が発売になりました。その刊行されるにあたり、連続書評特集をお届けします。

第1弾はタカザワケンジさん。写真評論家であり、書評家であるタカザワさんならではの書評を、ぜひご一読ください。

(構成/「よみタイ」編集部)
全10作の『気仙沼漁師カレンダー』。
全10作の『気仙沼漁師カレンダー』。

写真家にとって『気仙沼漁師カレンダー』はハードルの高い仕事

 噂は聞いていた。
 東日本大震災の被災地ですばらしいカレンダーがつくられ、海外で賞をもらったという。だが私はそのカレンダーの実物を見ていなかった。
 この本を読んで遅ればせながらその詳細を知ることになったのだが、まず驚いたのは参加した写真家が豪華なことだ。いずれも第一線で活躍する写真家たちで、私も10人中7人にインタビューしたことがある。残る3人とは面識はないが作品は見てきた。商業的な仕事でも名が知られ、表現としての写真、つまり「作家」として取り組んだ仕事でも評価されている写真家たちだ。
 もう一つ驚いたことがある。カレンダーをつくったのが「気仙沼つばき会」という女性たちの団体だということだ。在京の広告制作会社や、25歳の若いプロデューサーなど外部の協力もあったとはいえ、ずぶの素人がカレンダーをつくろうと考え、実現したのはすごい。本書には、彼女たちのカレンダーに対する思いと、カレンダーをつくることで広がっていった「縁」の数々がドラマチックに描かれている。

 私がとくに興味深かったのはそれがほかでもないカレンダーであり、しかも写真が使われたということだ。
 カレンダーはかつてはどこの家にもあるものだった。それも家族の仕事関係や、行きつけの店からもらったもので、そこには風景や静物などの写真、泰西名画がなぜかつきものだった。日々目にする、もっとも身近な「アート」だったのかもしれない。
 そしてカレンダーには「家」がつきものだ。規模の大小にかかわらず、そこには人がいて食卓があり生活がある。そのカレンダーにどんな写真があるのかで、その住人の生活に彩りが加わる。

 「気仙沼つばき会」がつくったカレンダーの「彩り」は、なんと漁師である。気仙沼は漁業で栄えた漁師町だ。2011年の東日本大震災からの復興の証として漁師を主人公にしたカレンダーをつくろうと考えたのだ。
 たしかに写真史において「働く人」を写した名作は数多い。なかでもセバスチャン・サルガドの『Workers』の漁師の写真は忘れがたい。身体を使い、自然に挑む。太古から続く人の営みをいまに伝える人びとがフォトジェニックでないわけがない。
 しかし、写真家にとってはハードルの高い仕事だ。東日本大震災からの復興というテーマが背後にあり、東京から距離のある気仙沼での撮影。撮影日数は限られ、撮影可能な場所と人の制約もある。そして主役の漁師は撮られることに慣れていない。撮られることを嫌がる人もいるだろう。「気仙沼つばき会」のコーディネートがあるとはいえ、漁師と写真家、生身の人間同士が相まみえるのだ。

 写真家の目に漁師はどのように映ったのか。
 著者の唐澤和也は写真家たちに、写真家と漁師に共通点はあるかと問うている。第1弾(2014年版)を手がけた藤井保は「魚と写真とで“獲物”は異なるけれど、一瞬を捉える集中力が必要とされるのはいっしょ」と答え、第3弾(2017年版)の川島小鳥は、その逆に違いを感じたという。その理由を「漁師さんたちは食べるという、生きるのに欠かせないものを命がけで獲っていらっしゃる。写真のお仕事は、基本的には衣食足りてはじめてできることですから」と述べている。それぞれの答えが写真家たちの漁師へのまなざしとつながっている。ゆえに答えは一様ではないのだ。写真家たち一人ひとりがどのように漁師たちと向き合ったかを唐澤は丹念に書いている。
 いまや写真は手軽に誰もが撮る時代になった。しかし、それでもなお、写真を表現の手段として研ぎ澄ましていこうとする写真家たちがいる。本書の口絵に掲載された写真からそのことが伝わるはずだ。
 本書の主役は『気仙沼漁師カレンダー』を制作した「気仙沼つばき会」の女性たちであり、被写体となった漁師たちだが、そこに外からやってきた写真家たちが加わったことで、波乱に富んだものになった。本書はその奇跡的な「物語」を描いている。

第1作となった写真家・藤井保の撮影による『気仙沼漁師カレンダー2014』表紙。
第1作となった写真家・藤井保の撮影による『気仙沼漁師カレンダー2014』表紙。
写真家・川島小鳥の撮影による『気仙沼漁師カレンダー2017』表紙。10名の写真家の個性あふれるインタビューも面白い。
写真家・川島小鳥の撮影による『気仙沼漁師カレンダー2017』表紙。10名の写真家の個性あふれるインタビューも面白い。
『海と生きる』刊行特集一覧

【「海と生きる」プロローグ試し読み】 気仙沼の自称「田舎のおばちゃん」集団が、なぜ日本を代表する写真家たちと『気仙沼漁師カレンダー』を作れたのか?

【「海と生きる」1章前半試し読み】 「まだまだ気仙沼は大丈夫だ」、震災2日後にそう信じることができた白い漁船

【「海と生きる」1章後半試し読み】 「クリエイティブってなんだべ」の初プレゼン。感涙の『気仙沼漁師カレンダー』第1作が完成!

【タカザワケンジさん書評】 主役の「気仙沼つばき会」と漁師に、写真家が加わったことで奇跡的な「物語」になった

【畠山理仁さん書評】 すべての人は縁をつなぐために生きている。そんな読後感をもたらす一冊だ

絶賛発売中!

藤井保・浅田政志・川島小鳥・竹沢うるま・奥山由之・前康輔・幡野広志・市橋織江・公文健太郎・瀧本幹也――日本を代表する10名の写真家が撮影を担当し、2014年版から2024年版まで全10作を刊行。国内外で多数の賞も受賞した『気仙沼漁師カレンダー』。そのプロジェクトの10年以上にわたる舞台裏を綴るノンフィクション。

10名の写真家が選んだカレンダーでの思い入れの深い写真や、単独インタビューも掲載。写真ファンにとっても貴重な一冊。また木村伊兵衛賞受賞の写真家・岩根愛の撮りおろしによる本書のカバー・表紙にも注目。

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新刊紹介

タカザワケンジ

たかざわ・けんじ●写真評論家、ライター、書評家
1968年群馬県生まれ。雑誌、Webに文芸書評、写真評論、作家インタビューを執筆するほか、文庫解説を手がける。『Study of PHOTO 』日本語版監修。金村修との共著に『挑発する写真史』がある。東京造形大学、 東京綜合写真専門学校、東京ビジュアルアーツほかで非常勤講師。

公式ツイッター@kenkenT

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