2022.11.22
『今朝もあの子の夢を見た』単行本発売記念! 野原広子さんインタビュー「“正解”を描いちゃいけない本だと思った」
『妻が口をきいてくれません』『消えたママ友』『離婚してもいいですか? 翔子の場合』など、読む人の心をざわつかせる“問題作”を世に送り出してきた野原広子さんが、離婚後の家族に切り込む話題作です。
ウェブ連載に書き下ろしを加えて、待望の単行本化。連載時には明かされなかった結末の行方に注目が集まっています。
今回は、単行本の発売を記念して、著者の野原広子さんにインタビュー。
本作に込めた思いや、影響を受けた作品、漫画家になったきっかけなど、知られざるエピソードをたっぷりと語っていただきました。
第25回手塚治虫文化賞「短編賞」を受賞した『消えたママ友』『妻が口をきいてくれません』の制作に関する裏話も。
野原作品ファン必読のスペシャルインタビューです!
取材・構成/宮本恵理子
“正解”を描いちゃいけない本
――野原さんの新刊『今朝もあの子の夢を見た』は、離婚を機に子どもと会うことさえ叶わなくなった「バツイチ男子」山本タカシの事情に焦点を当てた作品です。連載中から反響が大きかったという本作を描こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
今回の作品は、不可解な現実に対して「なぜ?」「どうして?」と湧き出した私の疑問が原点になりました。たまたま同じ事情を抱える男性4人くらいから聞いた話がずっと心に引っかかっていたんです。
「元妻に娘が連れ去られて、それきり会えない」「会いに行ったら逮捕されちゃうんだよ」というにわかには信じがたい説明に、「誘拐」「洗脳」とギョッとするような言葉まで。お互いに好きで結婚した夫婦のはずなのに、「え?」「なんで?」「どうしてそんなことになっちゃったの?」とハテナマークが次々に湧いていたんです。うち一人の男性は「夜眠れなくて、朝は必ず子どもの夢を見て目が覚めるんだ」と言っていたのが印象的で。
特に男の人は悲しい感情をあまりさらけ出そうとしないし、立ち入って詳しく聞くこともなかなかできない。他人が話題にするのもはばかられるから、事情がほとんど見えてこないんですよね。一つだけ言えるのは、子どもと突然会えなくなる悲しみの深さは測り知れないということ。
ずっと気になっていた言葉の断片を箇条書きにして、その間を埋めるように「こういうことなのかな?」と想像しながらプロットを構成しました。
――野原作品に共通して言えることですが、今回も“複数の視点”によってストーリーが展開されていきました。
「事実」は関わる人の数だけあるし、どれが正しいとも言えないですよね。夫にとっての正しさ、妻にとっての正しさがぶつかり合って、いつしか傷つけ合ってしまう。
ただ、今回の作品においては「妻の言い分」のように説明的に描写するのはやめました。謎解きの答え合わせをするかのように、“正解”を描いちゃいけない本だと思ったからです。
――タカシの娘、さくらちゃんも登場します。
大人たちもつらいですが、行動の自由がない子どもはもっとつらいですよね。親の事情で突然環境が変わって、友達も総入れ替えになったりして。無意識に感情を封印することで耐えている子どもはたくさんいるんだろうなと考えると、作品を描きながら重たい気持ちになりました。
ネタバレになるので詳しい説明は控えますが、おそらく親目線で一番キツイのは「シュレッダー」のシーンだと思うんですよね。
――たしかに、あのシーンは思わず叫んでしまいそうになりました。
でも、あれはむしろシュレッダーだから救われる部分もあると思うんです。ハサミを使ったり、手で破り捨てたりするのではなく、あえて機械的にシュレッダーにかけることで、彼女は乗り越えようとしたと私は思うんです。
実は監修の弁護士さんからも「あれはやり過ぎでは」というご助言もいただいたのですが、考えた末にやはりシュレッダーでと決めました。
――この作品をどういう方に読んでほしいですか。
タカシと近い境遇にある方や、家族のさまざまな問題に関心がある方だけでなく、幅広い方に手に取っていただいて、「表には見えてこないけれど、こんなことが世の中にはあるんだ」と知っていただけると嬉しいですね。
さっき集英社の営業部の32歳独身男性が挨拶に見えて、「僕も読んで泣きました」とおっしゃってくださったんです。その言葉を聞いて、ちょっとホッとしました。タカシの悲しみに寄り添った時間が、いつか家庭を持つときに役立つことがあればいいなと思います。
大事なのは、相手の気持ちを想像すること。離婚調停中に罵り合いになる夫婦も多いらしくて。「相手のために少し譲ろう」とか「弁護士はそう言っているけれど、折れようかな」といったシンプルな思いやりを忘れなければ、いろんな結果は違ってくるのかなって。私も離婚経験者の一人として感じるものがあります。
今回の作品は離婚した夫婦が軸になっていますが、すべての人間関係に通じる大切なものを考えるきっかけになると嬉しいです。