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最強シェルパ、ミンマGに聞く山との出合い、世界初K2冬季登頂【石川直樹 特別対談/前編】

2024年に8000峰の14座を全て登頂した写真家の石川直樹さん。その石川さんが「シェルパのイメージを覆す存在」と語る、ミンマ・ギャルジェさんが2025年2月に来日しました。
ミンマさんは、ヒマラヤ登山史において高所登山を支えてきたシェルパ族であり、世界で初めて冬季のK2登頂に成功し、8000m峰14座すべてを無酸素で登頂した世界でもトップクラスの登山家です。
石川さんとミンマさんは2019年のK2遠征以来、2024年にシシャパンマの登頂に成功するまで、同じチームで8000m峰への挑戦を続けてきました。
本記事では来日に際し、都内某所で行われたトークイベントでの対談を一部編集の上、公開します。

よみタイでは過去、石川直樹さんの単独インタビューも実施しています。「登頂」の意味、ミンマさんに代表される新しい世代のシェルパ像などについて語るこちらの記事(前編後編)もあわせてお楽しみください。

撮影/山下みどり
構成/よみタイ編集部
石川直樹さん(左)とミンマ・ギャルジェさん(右)
石川直樹さん(左)とミンマ・ギャルジェさん(右)

高所登山を支える存在から、牽引する存在へ――。  最強シェルパ、ミンマGに聞く山との出会い、世界初K2冬季登頂

日本人有名登山家とも知られざる縁が!? のどかな村で育ったミンマと高所登山との出合い

石川 まず、ミンマが生まれたネパールのロールワリン地方にある、ナ村という場所について、どういうところなのか少し教えてもらえますか?

ミンマ ロールワリンの地形は谷になっていて、冬になるとかなり雪が降ります。だから冬になると標高の高いエリアには住めなくなり、低い場所に降りて暮らします。春になるとまた標高をあげて住むようになるんです。

石川 季節によって移動しながら生活しているということですか?

ミンマ そうですね。季節によって住む場所を変えます。私が生まれたナ村は標高4200mほどの場所にありますが、春になるともっと上の方に移動して、飼っている牛に草を食べさせたりして暮らします。

ミンマさんの生まれ故郷、ロールワリンのナ村 撮影/石川直樹(2022年)
ミンマさんの生まれ故郷、ロールワリンのナ村 撮影/石川直樹(2022年)

石川  ナ村のもっと上のほうに行くと、湖が出てきますよね。

ミンマ この湖は氷河が溶けてできた湖です。私の祖父がいた頃は、まだ湖がなくてこの場所でも働いていました。地球温暖化の影響があると思いますね。湖は今、この辺りでは最大のものになっています。

石川  2024年に、ヒマラヤのターメという村が氷河湖の決壊で流されましたよね。この湖も決壊が心配じゃないですか?

ミンマ そうですね。ターメ村では、多くの家屋や建物が流されて、本当に何もなくなってしまったような状態でしたから……。

石川  そして、この湖の先にはチョブツェという山が見えます。ミンマはこの山をネパール人で初めて、単独で西壁の新ルートから登りましたよね。

ナ村の奥にある氷河湖の写真を見ながらトークをする石川さん(左)とミンマさん(右)
ナ村の奥にある氷河湖の写真を見ながらトークをする石川さん(左)とミンマさん(右)

ミンマ 2015年のことになりますね。このチョブツェの西壁はかなり難しかったです。私自身、2011年くらいからネパールだけじゃなくて、フランスでもテクニカルトレーニングを行いました。そのくらい高い登山技術が求められる山です。

石川  ミンマのこの単独登攀は、「The HIMALAYAN DATABASE」という由緒あるヒマラヤ登攀のアーカイヴ機関でも認定された、ネパール人最初の単独登頂なんですよね。とてもすごいことだと思います。

ナ村の奥にある氷河湖越しに見える標高6685mのチョブツェ 撮影/石川直樹(2022年)
ナ村の奥にある氷河湖越しに見える標高6685mのチョブツェ 撮影/石川直樹(2022年)

ミンマ この山は、私の家から見える場所にあるんです。登ったのが10年前のことなので自分も若かったですね。年長者の方から「若い人は……」なんて言われると、むっとしまうようなこともありました。今では大人になってちょっとは成熟したかなとは思うんですが(笑)。そんな若い頃に、これから山をやっていくぞ、という気持ちがあって登りました。

石川  これまでのシェルパは、仕事として高所登山のサポートやガイドをしていたわけです。だけどミンマは自分のための登山を始めた最初の世代、最初のシェルパと言えるわけですね。そういった意味ではすごく新しい考え方の持ち主だし、大変興味深いです。

ミンマ シェルパは、これまで生活に必要なお金を稼ぐために高所登山の仕事をしていました。けれど今の新しい世代は登山自体に興味を持っていますし、技術的な向上にも関心を持ち始めています。ビジネス的なものだった登山が、個人の趣味の領域まで広がってきていると思いますね。

石川  ロールワリン地方には、ガウリシャンカールっていう山が聖山として存在していますね。これは、地元の人にとっては信仰の対象である、神様のような山なんですよね?

ミンマ はい。ロールワリンの人間にとって神様みたいな存在です。私自身はこの山に登ってもいいと思っているんですが、親やそれより上の世代の人からは、信仰的な背景から、この山に登るなんて――、というリアクションはかなりありますね。一方で若い世代では、自分たちにとってすごく近い距離にある山だからこそ登ってみたい、とも思うのですが……。

石川   2006年、ミンマが初めてヒマラヤで高所登山に参加したときの話も聞かせもらえますか? 当時の記念写真を見せてもらいましたが、野口健さんが主催したマナスル清掃登山隊で、野口さんの右側に2015年に亡くなった谷口けいさんがいて。野口さんの左隣は小西浩文さんで、小西さんの左が田部井淳子(2016年没)さん。そして、田部井淳子さんの左にミンマが写っている。

ミンマ 実はこの遠征のとき、当初は行きたくない、という気持ちがあったんです。私の父はエベレストに行った際に凍傷になって、指を数本切断しなければならなくなりました(※ミンマの父親はこのとき日本人による登山隊に参加し、高所で靴紐がほどけた日本の登山者の靴紐を、グローブを外して素手で結び直したあげたことがきっかけで凍傷になっている)。両親には子どもが6人いたこともあって、こうした事故によって経済的にすごく厳しくなった、という経験があるので……。
でも、この同じ写真に一緒に写っているおじが、当時学校を卒業したばかりでやることもなかった私をこの清掃登山に誘ってくれました。
このときの遠征でかなり友達もできたし、いろんな国の人と会って繋がりができました。短い期間ではあったんですけど、自由時間もあったので音楽を聴いたりして、かなり楽しい時間を過ごせました。これをきかっけに、登山中毒になってしまって。ここから山にハマっていくことになります。

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新刊紹介

ミンマ・ギャルジェ・シェルパ(Mingma Gyalje Sherpa)

1986年ネパール生まれ。ネパールをはじめ、パキスタンやチベットなどでの高所登山やトレッキングをコーディネート・運営するImagine Nepal社を2016年に設立。高所登山のガイドとして、そして登山家として活動する。2022年に冬期K2の世界初登頂を果たし、2024年には8000m峰14座全ての無酸素登頂に成功。通称ミンマG。

石川直樹

1977年東京生まれ。写真家。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、ヒマラヤから都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。
2024年8000峰14座の登頂に成功する。ヒマラヤを撮影した写真集に『Qomolangma』『K2』『Lhotse』『Nanga Parbat』(いずれもSLANT刊)や、『チョ・オユー』(平凡社刊)などがある。

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