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川の上流から流れてくるもの
めくるたび、どんどん怖くなる。 『一行怪談』で知られる吉田悠軌さんの書き下ろし怪談集『日めくり怪談』から選りすぐりのお話をご紹介します。 1日5分の恐怖体験をお楽しみください。

川の上流から流れてくるもの

 長野県のある山に、友人と二人、イワナを釣りに行った時のこと。
 渓流釣りは山の奥へと入らなくてはいけない。途中から道なき道の藪をこいでいき、目当ての淵に出る。ポイントをずらすため、僕と友人とで離れた場所に移動した。あとはそれぞれ、一人ぼっちで川の流れに身を浸すだけだ。
 しかし、この日の釣果はかんばしくなかった。事前情報でも評判のよい川のはずだが、いつまでたってもボウズのまま。
 そろそろ西日が山の端に隠れようとしている。夕間暮れになれば、魚たちも活発になるだろう。せめて一匹は、と焦りながら、魚影と水流に目をこらしていた時だった。
 青みがかった物体が、ふわふわと川上から流れてきた。一見して魚の類でなく、なにかの人工物だとわかった。こんな上流にまでゴミを捨てるやつがいるのか……。あきれつつも、川の中ほどに歩を進め、それを拾い上げる。
 メガネだった。黒に近い青色のフレームで、片側のレンズにヒビが入っている。釣り人が転んで落としたものだろう。
 後で自分のゴミとまとめようと、岸辺の平たい石に置いておく。
 それから十分ほど経っただろうか。岩陰にキャストしようとしたところで、竿をにぎる手が止まった。すぐ先を、青黒く小さな物が流れてきたからだ。
 おそるおそる拾ってみて驚いた。先ほどと同じメガネではないか。レンズの割れ方まで全く一緒。とっさに川辺の石を確認したが、その上にはなにも載っていない。
 背筋が寒くなった。握っていたメガネは、思いきり背後の林へ放り捨てた。
 いったん友人のところへ合流しよう。踵を返しかけたとたん、また川面を流れるそれが目に入った。
 とぷん、とぷん。浮き沈みする青黒いフレーム。
 そこで気づいてしまった。
 あのメガネは、そうだ。三年前まで親しくしていた、釣り仲間の一人、あいつがかけていたものだ。
 

(イメージ画像/写真AC)
(イメージ画像/写真AC)
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新刊紹介

吉田悠軌

よしだ・ゆうき
1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。実話怪談の取材および収集調査をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。
『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『禁足地巡礼』『日めくり怪談』『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』『現代怪談考』『新宿怪談』『中央線怪談』など著書多数。

Xアカウント @yoshidakaityou

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