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人事異動を楽しそうに語る人には、なりたくない! “群れ”に巻き込まれる男性、“正義感の壁”にぶち当たる女性

人事異動を楽しそうに語る人には、なりたくない! “群れ”に巻き込まれる男性、“正義感の壁”にぶち当たる女性

社内旅行の宴会で 女性が浴衣を着るのは……

浜田 私は取材などで若い女性に会う機会が多いのですが、「働き方や子育ての選択肢が多いうえに、決めたら決めたでやるべきことが多すぎて、先々を考えるとしんどい」という声をよく聞きます。

武田 そう思わせたのは、僕たち大人の責任でしょうね。「この社会で生き抜くのって、男も大変だけど、女の人はもっと大変なんです」ということを、もっと強くシンプルに言っていくべきだと思います。

浜田 「自分たちは不利」ということに女性が気づかない、無意識のうちにつらさを経験する、ということもあるんです。私自身がそうだったのですが、新入社員の頃、社員旅行の宴会のとき「浴衣を着て来いよ」と言われてもイヤと言えなかったり。当時配属先の支局に女性は私ひとりで、社員旅行にもひとりで参加していた。あの頃は感覚が麻痺していて、自分がイヤなことすらわかっていなかったと思います。

武田 宴会を乗り切らなきゃいけないときに「私が浴衣を着るとはどういうことだろうか」と、冷静に広い視野では考えにくいですよね。「浴衣を着ていれば2時間後には終わる」と思って、着るしかなくなる。

浜田 宴会から逃げたくて「体調が悪い」と言って部屋で寝ていたこともあります(笑)。

武田 でも、その手は何回も使えない……。

浜田 そうなんです。イヤな思いが、知らず知らずのうちにちょっとずつ積み重なっていくんですよ。

武田 最近、メディアの記事としてジェンダーを取り扱うものが増えたのはとてもいいことですし、自分でも意識的に書くようにしていますが、あらゆる場で働く女性たちは「今日少しでも早く家に帰るために、私はこのシステムの中で最適に働かなきゃいけない。仕組みとか構図とか、あなたたちは広い視野で語れていいですね」と感じるかもしれない。そういう人たちとどう連帯していくか、とても重要なことだと思っています。最近、なんだか、時折「Me too」が茶化された感じで使われるのを見かけるようになりました。なんでもかんでもMe tooだよ〜、というような。

浜田 考えてみればかつて私も「あなたたちは広い視野で語れていいですね」と思っていました。私は89年入社ですが、当時はフェミニズムがちょっと苦手で、上野千鶴子さんたちがお書きになっていたものになかなか共感できなかった。「上野さんたちはそうおっしゃるけど、実際の現場では……ここに来て働いてみて!」と複雑な思いでした。

武田 「ここに来て働いてみて!」はいまだに機能してしまいそうです。

浜田 「会社に男性に盾をついたら明日から仕事がなくなるかもしれない」と薄々感じていましたから。それにあの頃は総合職の女性に対するフェミニストたちの視線が厳しいなあと感じていて、「あなたたちはすべてを手に入れているんだから、あなたたちが男性に合わせて働いているから」と責められているような気持になっていました。「非正規で働いている人とか、もっと大変な人たちがほかにいる」と。「あなたたちはまだマシ」と言われている気がしたから、総合職第一世代の女性たちが何も言わずにどんどん辞めていったのでは、と思っています。

武田 何かと比較して「それよりはマシ」という言い方は良くないですよね。たとえば貧困問題について話し合うとき、「アフリカにはもっと恵まれない人たちがいる」と逸らすのは問題自体をつぶすようなものです。そういう言説がいまだにうける。

浜田 本当にそうですね。

武田砂鉄著『紋切型社会』(新潮文庫)
武田砂鉄著『紋切型社会』(新潮文庫)
武田砂鉄・又吉直樹共著『往復書簡 無目的な思索の応答』(又吉直樹と共著・朝日出版社)
武田砂鉄・又吉直樹共著『往復書簡 無目的な思索の応答』(又吉直樹と共著・朝日出版社)

セクハラを受けた女性が 謝らなければならないなんて

武田 先日、東京医大の不正入試問題が表面化しましたが、あれは実にシンプルな、そして非道な女性差別でした。「女性だから点数を下げます」という雑味のない差別。なのに「現場の医師に聞いたら『女性は出産や育児で辞めるケースが多い』『夜勤を敬遠する』などの声が」なんて報道が出てきた。「こんなに純度の高い差別でも男性を優遇する現行システムをフォローする方法を見つけて打ち返されるんだ」と驚きました。

浜田 そうなんです。問題提起しようと球を投げると必ず打ち返される。

武田 打ち返すほうに賛同する人が多いと、絶望的な気分になりますね。

浜田 論理をすり替えて反論されたり、変化球みたいなボールが返ってきたりするんです。

武田 財務省事務次官のセクハラ問題のときも「取材に行った記者にも落ち度があったのでは?」という声がありました。ジャーナリストの伊藤詩織さんが元TBS記者からのレイプ被害を告発したときも、同様の言われ方をされていた。実にひどい話で、伊藤さんの著書ではなく、元記者の手記や明らかにされているメール文を読みこむだけでも、合意なく性交したと言っているに等しいのに、あたかも対等のように「vs」の構図が生まれてしまいます。

浜田 ジェンダーのことに限らず、この国には被害者が「すみません」と言う構図があるのが不思議なんです。

武田 なぜレイプされた人が戦わなければならないんだろう、と思います。「立場の弱い人を謝らせて終わらせる」って本当に最悪の文化です。

浜田 特にネットが普及してから、その傾向が強まった気がします。ただ私にも反省点があって、ジェンダー問題をわかってもらおうとして、ちょっと男性に媚びるような形で記事にしていたんですね。少しハードルを下げたというか。その結果、彼らが自分に都合のいい受け止め方をするようになった。たとえ「言い方がきつい」とか「こわい」とか言われても、大事なメッセージはストレートに伝えるべきだったと思っています。

武田 よく「揚げ足をとるのはよくない」と言われますが、揚げ足をとったり言葉尻をとらえたりすることはとても重要なはずです。こちらから意見を述べて「お前の意見なんて受け入れない」と返されたら次の手が打ちにくいですが、相手の言葉から問題点を抽出するのであれば、相手は答えなければいけないわけだから。

浜田 とにかく現実問題としてわかっていただきたいのは、女性は身の危険すら感じていて、普通に生活するだけで緊張感が高いということですね。それは男性の比じゃないんです。就活セクハラなどが典型です。

武田 電車で痴漢に怯え、夜道を危険に感じる。朝起きてから夜寝るまでの間に、女性は警戒しなければならない要素・場面が明らかに多すぎますよね。

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新刊紹介

武田砂鉄

たけだ・さてつ
1982年生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。2015年『紋切型社会』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。他の著書に『日本の気配』『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『マチズモを削り取れ』『べつに怒ってない』『今日拾った言葉たち』などがある。週刊誌、文芸誌、ファッション誌、ウェブメディアなど、さまざまな媒体で連載を執筆するほか、近年はラジオパーソナリティとしても活動の幅を広げている。

浜田敬子

はまだ・けいこ●1966年山口県生まれ。ジャーナリスト。上智大学法学部卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」編集部を経て、1999年から「AERA」編集部。2014年に女性初の「AERA」編集長に就任。17年に退社し「Business Insider Japan」統括編集長に就任、20年末に退任。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニンショー」、TBS「サンデーモーニング」などでコメンテーターを務めるほか、ダイバーシティに関しての講演を行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)がある。

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