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なぜ人は「他人の顔」を語り評価することに惹かれるのか——書評家・三宅香帆が読む、姫野カオルコ『顔面放談』

好評発売中の姫野カオルコさんによるエッセイ『顔面放談』
『彼女は頭が悪いから』等で知られる直木賞作家の、半世紀以上にわたり著名人の顔を観察し続けてきた「顔マニア」の一面がいかんなく発揮された本書を、書評家の三宅香帆さんが読み解いてくださいました。

美醜への欲望を解体する

 ルッキズム、という言葉が流行し始めたのはいつからだろうか。人間の価値を判断する際に外見を不当に重要視することをそう呼ぶらしい。SNSで大量の人間の容姿を見ざるをえない現代において、美醜が重視されるのは、ある意味当然の話なのかもしれない。だが、一度立ち止まってよく考えれば、これも不思議な話だ。容姿の美醜ほど曖昧なものはない。その最たるものが芸人の「ものまね芸」である。ものまね芸を見て「うわー似てる」と言う時、決して容姿の美醜が似ているわけではない。その人らしさを形作るものを切り取るからこそ、私たちは「似てる」と思うのだ。
 そういう意味で、著名人の顔の、その人らしさ、を文章に切り取ることにかけて、姫野カオルコの右に出るものはいない。と、本書を読んだ私は思う。おそらくあなたも本書を読めばそう確信するだろう。本書で姫野はひたすら、顔について語る。しかし姫野カオルコが本書で注目する「顔」とは決して、曖昧な美醜の問題ではないのだ。
 姫野が綴るのは、「顔」の問題そのものである。それは岩下志麻の鼻の形であり、松田優作の遺伝子であり、小池栄子の白目を考察することでもある。

 前置きが長くなったが、本書は作家・姫野カオルコがひたすら、著名人の「顔」について語り続けるエッセイ集である。登場する著名人は、往年の映画に出てくる俳優たちから、最近のCMに出てくる芸能人や文化人に至るまでさまざま。特徴的なのは、その語りのほとんどが、まるで著名人の顔というひとつの作品に対して、優れた鑑賞者がひとつひとつ解説するかのような姿勢であることだろう。
 たとえば誰しも自分の好きな顔について語るのは容易かもしれない。が、本一冊になるくらいの分量、他人の顔のみについて語ることがある人というのは稀だろう。姫野は有名人の顔についてひたすら語る。それはまるで「顔」というジャンルのオタク語りを聴いているかのような面白さがある。
 ある章で、姫野は言う。「なりたい顔」とは別に、「うらやましい顔」という種類の顔が世間には存在するのだと。姫野が「うらやましい」とはっきり述べるのは、オノ・ヨーコ、ヤマザキマリ、鳥居みゆき、清水ミチコだという。その理由はぜひ本書を読んで膝を打ち、なるほどと納得していただきたい。そして言われてみれば、たしかに姫野の言う「うらやましい」顔は存在する。私たちは美醜のみで他人の顔を評価している訳ではないと読者は気づくだろう。本書は顔について語ることで、ルッキズムが叫ばれる割には、非常に視野狭窄的な現代日本の容姿観─とでもいうべき美醜への判断軸─を解体する。
 美醜は決して、美と醜に分けられるわけではない。私たちはもっと複雑な世界に生きているのだと、姫野の語りを読んでいると、心底思う。

姫野カオルコさんが「うらやましい顔」に選ぶ4名の方々。その理由とは…?人気漫画家・もんでんあきこさんによる、著名人の似顔絵の数々も収録!
姫野カオルコさんが「うらやましい顔」に選ぶ4名の方々。その理由とは…?人気漫画家・もんでんあきこさんによる、著名人の似顔絵の数々も収録!

 最近の「推し」文化の延長で、若者の間で流行っている言葉のひとつに、顔面偏差値、というものがある。「推し」の顔面が好きだ、そして誰が見ても「推し」の顔面を素敵だと思うはずだ、というときに、「推しの顔面偏差値が高すぎる」などと言うわけである。しかしこれもまた美醜は客観的指標によって序列化され得るという思い込みが表現された語彙である。私は、そういった言葉を使う人にこそ、姫野カオルコの文章を読んでほしいと思う。容姿には序列が存在する、という世間の思い込みを、姫野カオルコは解体する。そこに、本書を読む意味があるのだと私は感じる。
 たとえば原節子といえば、昭和の美人の代名詞のような女優である。しかし彼女の何をもって、私たちは美人と呼ぶのか。小津映画のフィルムに映し出される彼女の姿は、人々に何を見せているのか。あるいは、世界の美人の代名詞であろう、カトリーヌ・ドヌーヴの顔の、どこがどう美人だと感じるのか。本書はそれらの問いをユーモアをもって、軽快に考えてゆく。そして浮かび上がるのは、それらの顔面を評価する私たちの判断軸なのだ。果たして私たちは、美醜を気にしているとき、自分が「美しい/醜い」と感じている顔面の細部と、本当に向き合ったことがあるのだろうか。
 そう、本書は他人の顔面を語る本に見せかけて、実は、他人の顔面を語りそして評価してしまう私たちについて語る本でもあるのだ。なぜ私たちは美しい顔面に惹かれてしまうのか。それは本当に美しさのみに惹かれているのだろうか?
 なりたい顔、うらやましい顔。整っている顔、美しい顔。そのような語彙をもって、姫野は自分が他人の顔に見出す欲望を解明する。それは翻って、彼らの顔面を見る読者の欲望をも、浮き彫りにする。
美醜なんて曖昧なものに頼りながら、それでも美しさを欲望してしまう私たちの曖昧な自我を観察するエッセイ。姫野カオルコの手腕によって、私たちのまなざしは解体されるのである。

(「小説すばる」2023年10月号より転載)

『顔面放談』好評発売中!

集英社 価格1760円(10%税込)
集英社 価格1760円(10%税込)

著名人の顔を凝視しつづけて半世紀――直木賞作家・姫野カオルコの並々ならぬ観察眼が炸裂する、捧腹絶倒のマニアック・エッセイ!
漫画家・もんでんあきこによる豪華挿絵つき。
●原節子を画像検索した人が陥る「トラップ」
●小池栄子の顔の最大の魅力とは?
●中川大志も⁉ 大河ドラマに生息する「イケメン科ショールーム属」
●松田優作ファミリーから考える、顔の輪郭とカップルの相性の意外な関係
●「世界で一番美しい少年」と言われたスウェーデン人俳優のその後……etc.
確かな観察眼に裏打ちされた全20章。
『顔面放談』の詳細はこちら

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新刊紹介

三宅香帆

みやけ・かほ●文筆家・批評家
作家・書評家。1994年高知県生れ。大学院時代の専門は万葉集。著書に『妄想とツッコミでよむ万葉集』『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文』『女の子の謎を解く』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』など。

姫野カオルコ

ひめの・かおるこ
作家。姫野嘉兵衛の表記もあり(「嘉兵衛」の読みはカオルコ)。
1958年滋賀県甲賀市生れ。『昭和の犬』で第150回直木賞を受賞。
『彼女は頭が悪いから』で第32回柴田錬三郎賞を受賞。
他の著書に『ツ、イ、ラ、ク』『結婚は人生の墓場か?』『リアル・シンデレラ』『謎の毒親』『青春とは、』『悪口と幸せ』などがある。

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