2022.9.17
Twitterで〈刺さる〉小説を書く方法【麻布競馬場×新庄耕 創作対談】
世の中を知って打ちのめされた感覚
麻布 ネットでも同じこと言われました。新庄さんは固有名詞はあまり使いませんか?
新庄 私はなるべく出さないようにしてます。長く残るものを書きたいので。LINEとかTwitterとかも。スマホとかも本当は出したくないから、ぎりぎりスマートフォンって略さずに書くことでささやかな抵抗を試みていて(笑)。でも、麻布さんには固有名詞を使って小説を書くことを徹底してほしいですね。
収録されている作品の主人公のバックグラウンドの描き方もいいですよね。彼らの多くは慶應や早稲田の出身なんですが、多くの作品に共通してるのが、大学に入ったり、社会人になったときの、世の中を知って打ちのめされた感覚が滲み出てるところです。わかるって思いながら読みました。
麻布 ありがとうございます。新庄さんもああいう経験ありましたか(笑)。
新庄 ありますね。私は二浪して慶應に入ったんですけど、ようやく大学に入学できて、世の中の蓋を開けることができたって思ったら、スポーツ選手はいるわ、とんでもない金持ちや秀才はいるわ、芸能人やミュージシャンもいるわで、こんな現実あったんかいって驚いたのを覚えてます。麻布さんの作品にはその感じが凝縮されてて、懐かしくもなりました。ここら辺の感覚はご自身の体験がベースになってたりするんですか?
麻布 そうです。ご指摘の通りで、僕が書いてる物語って、大学生になったり、社会人になったりすることを一つの山場としているものが多いんですよね。僕は大学に入ることと会社に入ることを、人間が生きてることを実感する瞬間の二大ピークだと考えていて。何者でもない高校生が全国的に有名な大学のバッジを身につける。あるいは、これまで学生だった人間が、合コンで偉そうにできる社名を手に入れる。その瞬間の高揚感って、程度の差はあれどきっと誰にでもあるものなんじゃないかなって思うんですよ。
僕は高校が地方で、大学一年生から東京に出てきました。上京して「世界は自分のものだ」って感覚が込み上げてきたそばから、大学近くの駐車場にポルシェのカイエンを止めて颯爽と歩いてくる体育会系アメフト部を目にして、気持ちを挫かれたことがありました。ああいう、自意識がポキッて折られる音がする瞬間ってきっとみんな持ってるはずなんですよね。
新庄 わかります。思い出してもショックな経験だったけど、それを誤魔化しながら生きている感じ、ありますもんね。
麻布 普通、18歳って自分で何も成し遂げていないはずじゃないですか。なのに、彼らとは生まれ持った何かによってこれだけ差がつけられていることを痛感させられて。世界って不条理だなぁ……と感じることばかりでしたよね。
新庄 うんうん。あと、最初は自分たちと同じ、持たざる側の人間だった女の子たちがパパ活みたいなことしてベンツとか乗り始めると、「そんな裏ルートあんのかよ」ってこれまた違う絶望感に苛まれることもあった。ああいう嫌な感じが麻布さんの小説にはリアルに描き込まれてて、それが最大の魅力になってるんだと思います。「真面目な真也くんの話」という作品に登場する、むちゃくちゃ真面目な性格で、でもそれゆえに空回りし続けてる真也くんなんてはっきり言って私そのものだって思いました。彼はメガバンクに就職するけど周囲との相性が悪くて、ひとり浮いちゃって、見捨てられる。私も新卒でリクルートになんとか潜り込めたけど、全然営業できなくてすぐ辞めちゃった経験があるから、「あっ、これは俺の話だな」って感じました。麻布さんの小説にはモデルがいたりするんですか?
麻布 明確なモデルはいませんが、何人かのキャラクターを組み合わせることはあります。真也くんも、僕の友人にすごい効率悪い生き方してるやつがいて、そいつの一部分を投影しています。でも、そういう人って、頑張り方のセンスは壊滅的なんですけど、いいやつなんですよ。彼らの人生を覗き込むと苦しさが自分の心に伝わってくるんですけど、それが小説を書くことの入り口になっていますね。
僕、親しみやすい顔してるからいろんな人に話しかけられるんですよ(笑)。飲み屋でもしょっちゅう絡まれて初対面の人の愚痴を聞くことばっかりで。そういう機会で見聞きしたことだったり、あるいは、友達が昔、Twitterに書き込んでいた日々の暮らしだったりが自然とインプットされていて。そうやって仕入れた情報を機械的に物語として生成してるのが僕の小説なんだと思います。