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ケシャが取り戻した“声”――チャーリーXCX、チャペル・ローンへと続く自由の系譜【社会に言葉の一石を。もの言う女性アーティスト特集 第3回】

チャーリーXCXが感じた違和感

チャーリーXCXはケシャより少し下の世代だが、10代の頃から同じ“空気”の中で音楽活動を始めていたと語っている。象徴的なのが、2014年のシングル「Sucker」に登場する一節 “You joined my club / Luke loves your stuff” (あなたも私の仲間入りね/ルークはあなたの作る曲が大好きよ)。当時を振り返り、彼女はこう説明する。「皮肉を込めた歌詞なの。周囲は“ルークがあなたの曲を好きなんだって、よかったね”と言って、まるで大きな栄誉のように扱っていた。でも私は“ありがたく思わなきゃいけない”という感覚を押しつけられて、本当にフラストレーションだった」。

当時10代の女性アーティストである自分が、“誰を喜ばせたか”で価値を判断される。その違和感を早くから抱えていたとチャーリーは語る。そして今、彼女はケシャについて次のように讃える。「ケシャが自分の歩みを率直に語ってきたことには、本当に励まされている。若い女の子たちにとって、彼女はとても重要なロールモデル。あれほどの経験をしながら、今また自分の作りたい音楽を作っている姿は、本当に感動的!」。

ケシャが声を上げたことで、かつては“当たり前”とされていた業界の価値観にほころびが生まれた。チャーリーが感じていた違和感は、いまの時代なら言葉にしてもいい──そんな空気が広がったからこそ、彼女自身の音楽もより明確に“自分の声”を帯びることができている。

チャペル・ローンが涙した理由

ケシャが声を上げたことで、「語ってはいけないこと」を囲い込んできた壁は少しずつ崩れはじめた。ケシャはLBGTQも積極的に支援している。その結果、チャペル・ローンのような新しい世代も、自らの経験や痛みを堂々と発信できる空気が育っていった。

2024年、シカゴのロラパルーザ。チャペルはキャリア最大規模ともいわれる観客を前にパフォーマンスを終え、緊張の余韻が残るステージ裏でケシャと対面する。ケシャは彼女に「これだけの観客の前に立つのは、本当に精神的に大変よね」と優しく声をかけたという。

そのひと言に、チャペルは思わず涙がこぼれたと語っている。「自分がちゃんと見てもらえた気がした。あの規模を本当に理解してくれる先輩は、ほんの数人しかいないから」「ケシャはいつだって女性のために、そして自分の信念のために立ち上がってきた。それが本当に励みになるの」

ケシャが行動を起こしたからこそ、今のチャーリーやチャペルの活躍があるといっても過言ではないだろう。

ケシャの“再生”と新世代との共鳴

ケシャは自身を「感情の波ではなく“津波”に襲われるタイプ」と語るほど繊細なアーティストだ。2023年のApple Musicのゼイン・ロウのインタビューでは、幼い頃から“曲を書くこと”だけが混乱を前向きなものへ変えてくれる唯一の方法だったと振り返っている。「10歳くらいの頃から、最悪な気持ちの中にもユーモアや軽さを見つけようとしてきた。曲にするしかなかった──それが私の人生の対処法」。

こうした“自己回復のための創作”は、裁判の渦中だけでなく、その後のキャリアにも反映されていく。『Gag Order』前後からは、過去のヒット曲がTikTokで新しい世代に再発見され、ケシャの再評価がはっきりと表れはじめた。

さらに2025年7月からスタートし、26年7月まで続く『The Tits Out Tour』は、本人が「人生で最大のツアー」と語るほど大胆かつ自由な美学に満ち、過去曲の勢いも相まって“自分の歴史を自分の手に取り戻す”というエネルギーに溢れていると評されている。

「JOYRIDE.」は冒頭にケシャが9年間の不当な投獄から釈放されたというラジオのニュースから始まり、解放から再出発、復讐劇という流れを描く。クエンティン・タランティーノ監督の映画『キル・ビル』にオマージュを捧げているという

2024年のコーチェラで、ケシャは、親交のあるルネ・ラップのステージにゲスト出演し、「TiK ToK」の歌詞を変え、性的暴行で訴えられているラッパー、P・ディディを暗に批判した。かつては“言ってはいけない”とされてきた内容を、世界が注目するフェスで堂々と歌い換える。その姿は、女性が声を上げることの象徴として強いインパクトを与えた。

2024年のコーチェラで一緒にパフォーマンスするケシャ(左)とルネ・ラップ(右) photo:gettyimages/Emma McIntyre
2024年のコーチェラで一緒にパフォーマンスするケシャ(左)とルネ・ラップ(右) photo:gettyimages/Emma McIntyre

今、女性アーティストは「自分の身体・声・人生を自分のものとして扱う自由」を、カルチャーの中心で掲げられるようになった。ケシャが切りひらいた道の先で、いま新しい地平がさらに開けている。

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伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者。『フィガロジャポン』『SPUR』などのモード誌や音楽媒体で多数のインタビュー、対談記事を執筆してきた。取材アーティストはデヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッド、宇多田ヒカル、椎名林檎など国内外問わず多数。
X:@natsumiitoh
Instagram:@natsumiii28

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