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ケシャが取り戻した“声”――チャーリーXCX、チャペル・ローンへと続く自由の系譜【社会に言葉の一石を。もの言う女性アーティスト特集 第3回】

かつて公民権運動を支えたニーナ・シモン、アレサ・フランクリンといった黒人女性シンガーがいたように、意志を込めた言葉は心を動かし、社会も変えていく。現在もレディー・ガガやテイラー・スウィフトを筆頭に、自身も傷を負いながらも、声を上げて権利を主張し、女性の背中を押していく女性アーティストの言葉の意義は大きい。その声を4回の特集記事で紹介していく。

第3回目は、自身の元プロデューサーであったドクター・ルークとの訴訟を、約10年もの間闘ってきたケシャについて。ケシャと、彼女から広がるシスターフッドを考察します。


(文/伊藤なつみ)

第3回 ケシャの場合 

チャーリーXCXとチャペル・ローン──女性アーティストの“自由”はどこから来たのか

2024年は、ポップ・シーンの空気が一変した年として記憶されるだろう。チャーリーXCXがアルバム『brat』(2024)で掲げた「ありのままの自分でやりたいことをやる」という姿勢は“brat summer”として世界的な現象になり、ついにはアメリカ大統領選に臨んだカマラ・ハリスをも巻き込んだ。一方、ドラァグ・カルチャーから強く影響を受けたチャペル・ローンは、アメリカ最大級の音楽フェスであるロラパルーザでトリでもないのに異例の動員を記録し、一気に大躍進を遂げた。恐れも遠慮もない新しい時代の担い手として、このように女性アーティストがいま音楽シーンの中心で語られている。

2人に共通するのは「自分の身体や欲望を、他者に主導権を渡さずに表現する」という明確な意志だ。その“強さ”は単なるキャラクターではなく、ポップカルチャー全体のムードを変える現象として説得力を帯び始めている。

イギリス出身で1992年生まれのチャーリーXCXは、2010年代からハイパーポップやクラブ・カルチャーを自在に行き来し、主流ポップの“形”を更新してきた存在だ。『brat』では「飾らない自分」や「好きなことを諦めない」という価値観を軸に、完璧さを求める視線から距離を置き、未完成のまま生きる自由を肯定した。それが“brat summer”というムーブメントとして広がった。

brat(わががままな奴)、つまりはイケてる集団を描いたチャーリーXCXの「360」。クロエ・セヴィニーなどがカメオ出演していることも話題に

アメリカ・ミズーリ州で1998年に生まれたチャペル・ローンは、自身がレズビアンであることを隠さず歌に表現してきた。代表曲「Good Luck, Babe!」は、自分の本当の気持ち(特にクィアな愛や欲望)を認めようとしない元パートナーに向けた別れと皮肉交じりのエールを歌い、クィア・カルチャーや自己肯定感を祝福する象徴として2024年の主要メディアの年間ベストソング第1位を獲得。ステージではドラァグクイーンなど同志と登場し、魔法少女的な装いと力強い歌唱で観客を圧倒する。彼女の「私は世界一のポップスターになる」という宣言は、第67回グラミー賞で最優秀新人賞を受賞したことで、もはや夢物語ではないと感じさせる。

第67回グラミー賞での模様。「Pink Pony Club」は保守的な町で育ったチャペル・ローンが、自分らしく生きる願いを込めて書いた、「自由を求める心」を象徴するアンセム

もちろん、Z世代を代表するビリー・アイリッシュの存在も欠かせない。しかし「身体や欲望を隠さずに生きること」を美学として掲げるチャーリーとチャペルの姿勢は、10〜30代の女性を中心に“自由の象徴”として強く受け止められている。そして、その背景にはKesha(ケシャ)の存在がある。

ケシャが切りひらいた道

男性中心の社会であるエンターテインメント業界に、大きな風穴を開けたひとりがケシャだった。19歳でメジャー契約を結び、「TiK ToK」(2009)の世界的ヒットとともに一気にポップスターとなる。しかし、その華やかな表舞台の裏で、彼女は長いあいだ“自由”を奪われた状態に置かれていた。

ケシャがどのような扱いを受けていたのか、その詳細は守秘義務契約によって語ることができない。守秘義務によって性被害やパワハラの告発が阻まれてきた構造は、映画業界のハーヴェイ・ワインスタイン事件の例に限らず、日本でも似たような事例は少なくない。つまり「声を上げさせない仕組み」が、業界の慣習や日常の職場環境にまで浸透しているということである。

それでも、ケシャは沈黙を選ばなかった。「自由になりたい」「自分の人生を取り戻したい」という意志は、彼女の音楽に刻み込まれている。

筆者は、デビュー当時からケシャに何度もインタビューする機会があった。破天荒なステージの印象とは裏腹に、取材では物静かで内面の繊細さが伝わってくる人だった。2013年、『Warrior』の取材で会った際、南アフリカの大自然を旅した経験を語りながら、ファンに向けた言葉として次のように話していた。「自分らしさを信じてほしい、困難にぶつかってもそこで被害者になるのではなく、“戦士(warrior)”という精神を持ち続けてほしい」。その翌年に彼女は裁判を起こしたので、異国の地で、自分の生き方を変える決意を固めたのだろう。

1987年ロサンゼルス生まれのケシャは、18歳でドクター・ルークのレーベルと契約し、彼の手がけるブリトニー・スピアーズやケイティ・ペリーに続く存在としてデビューを飾った。表向きはポップスターとして人気を博していたが、2014年、27歳でルークからの性的暴行や精神的圧力を訴え、音楽的拘束からの解放を求める訴訟に踏み切る。ルーク側は名誉毀損と契約違反で反訴し、裁判は泥沼化した。守秘義務の壁もあり、真実は長く曖昧なままにされた。

反骨精神を掲げる若者のアンセムとなったケシャのデビュー曲「TiKToK」は、全米で9週連続1位を記録。型破りかつ親しみやすいパーティガールとしても人気に

和解に至るまでに、10年近い時間がかかった。その間、ケシャは“声を取り戻す”ことをテーマにした作品を発表し続ける。#MeTooが広がる中、2018年のグラミー賞授賞式で歌った「Praying」(2017)は、“I had to learn how to fight for myself.”(自分のために闘うことを学ばなければならなかった)と、“I’m proud of who I am.”(私は私であることを誇る)という、誰に裁かれようと自分らしさを失わずに生きようとする歌詞が特に象徴的だった。

ケシャが復活のグラミー賞の舞台で歌った「Praying」。相手を責めるのではなく、「変わってほしい」と祈りを捧げた歌詞も印象的だ

2023年、長年の裁判は和解という形で終わった。真実は明らかにならなかったが、「語れないようにされてきた構造」そのものが可視化された意義は大きい。ケシャはレーベルとの最後の作品となった“口外禁止命令”という意味の『Gag Order』(2023)で再生の兆しを見せ、2025年には自身で設立したレーベルから“解放”を意味する最新作『ピリオド』を発表した。

ケシャの歩みは、「声を奪われた女性が、主導権を取り戻すプロセス」そのものだった。その意志の強さが、彼女を単なるポップスターではなく、文化の空気を変える存在へと押し上げていったのである。

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伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者。『フィガロジャポン』『SPUR』などのモード誌や音楽媒体で多数のインタビュー、対談記事を執筆してきた。取材アーティストはデヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッド、宇多田ヒカル、椎名林檎など国内外問わず多数。
X:@natsumiitoh
Instagram:@natsumiii28

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