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ジェンダー平等のアイスランドに育ったビョークが、映画『女性の休日』に託した思いとは? 【社会に言葉の一石を。もの言う女性アーティスト特集 第2回】

かつて公民権運動を支えたニーナ・シモン、アレサ・フランクリンといった黒人女性シンガーがいたように、意志を込めた言葉は心を動かし、社会も変えていく。現在もレディー・ガガやテイラー・スウィフトを筆頭に、自身も傷を負いながらも、声を上げて権利を主張し、女性の背中を押していく女性アーティストの言葉の意義は大きい。その声を4回の特集記事で紹介していく。

1975年10月にアイスランドで起こった、女性たちによるストライキを紹介するドキュメンタリー映画『女性の休日』が10月25日に公開され、話題になっている。特集2回目は、この映画に楽曲を提供したビョークについて。


(文/伊藤なつみ)

第2回 ビョークの場合 

「女性がいないと社会が回らない」と証明した、記念すべき日を映画に

この原稿を書いているタイミング(10月21日)で、日本の第104代首相に初めて女性として高市早苗氏が選出された 。政治的なスタンスとしては伝統的な国家観を重視する保守色が強く、選択的夫婦別姓や同性婚などには反対の姿勢を示してきたため、ジェンダー平等を推進しているとは考えづらいが、女性の地位向上に向けて「ガラスの天井」を打ち破ることにはなるだろう。そうなれば、日本がG7加盟国にもかかわらず、2025 年の世界経済フォーラム発表のジェンダーギャップ指数で118位という最悪な状況から、少しは期待を持つことができそうだ。

世界で最もジェンダーギャップの少ない先進国として知られているのは、16年連続第1位というアイスランドだ。1980年に世界で初めて民主的選挙で女性の大統領としてヴィグディス・フィンボガドッティル氏が就任し、2025年の現在は、大統領も首相も女性、しかも首相にはクリストルン・フロスタドッティル氏がアイスランド史上最年少の36歳で就任した。閣僚も11人のうち7人が女性だ。このようになったきっかけは、現在公開中のドキュメンタリー映画『女性の休日』で紹介されている。

映画『女性の休日』が取り上げている1975年10月24日とは、男女平等社会の実現に向けて、アイスランドの全女性の90%が仕事や家事を一斉に休んだ記念すべき一日である。「なぜ女性は船長になれないのか」「なぜ女性は農場主として認められないのか」「なぜ女性は家事のすべてを担うのか」「なぜ女性は男性より賃金が低いのか」……。 映画の中で紹介される、“女性だから” と当たり前のように制限されてしまう問題。これらに対し50年前の女性たちは、一斉に「休むこと」で自分たち“女性”の存在意義を可視化しようと一致団結する。

その結果、会社はもちろん国として機能不全となり、「女性がいないと社会が回らない」と証明することに成功した。何よりこの抗議を“デモ”とせずに、“休日”と表現したのがいい。そしてその後の改善から、アイスランドは最もジェンダー平等が進んだ国として暮らしやすくなった。

アメリカ人の監督パメラ・ホーガンは、アイスランドを旅行中にこの物語に興味を持ったという。そしてドキュメンタリーを制作するにあたり、物語の展開にアニメーションを挟みながらユーモアも交え、女性たちが連帯した運動のモデルとして当時の参加者のインタビューも加えた(ちなみにアメリカのジェンダーギャップ指数は42位だ)。

「女性の休日」に9歳で参加していたビョークが、映画に楽曲を提供

ホーガン監督は、「ビョークはアイスランドのアイコン的存在で、彼女がこの映画に音楽を提供してくれたら夢のようだ」と考えていたという。ビョークは1965年にアイスランドの首都レイキャヴィックに生まれ、12歳でアルバムを発表しているほど幼少期から音楽の才能に秀でていたアーティスト。シュガーキューブス等のバンドでの活躍も目覚ましかったが、実質的なソロデビューをアルバム『デビュー』(1993)で果たすと、それ以降は音楽、ヴィジュアルアート、パフォーマンスなどで、革新的な総合芸術を展開している。

編集の過程で、映像の中に9歳のビョークがフルートを握りしめながらステージを降りていく瞬間を見つけたホーガン監督は、ほぼ完成した映像のリンクをビョークのスタッフへ送ることを試みる。すると、数週間後に「ビョークはこの映画を素晴らしいと思っているよ!」と返信が届き、エンドクレジット用に「Future Forever」(2017)を提供してもらうことができたそうだ。後述するが、この曲はビョークにとってとても重要な曲であった。

昨今のビョークの音楽活動も、フェミニズムに根差したものだ。ビョークの母親ヒルドゥルは社会活動家として知られ、2018年に亡くなったためインタビューには登場しないが、ビョークは母親の影響でこの「休日」に参加したのではないかと考えられる。提供曲「Future Forever」が収録されたアルバム『Utopia(ユートピア)』(2017)はアメリカの前衛的芸術家マシュー・バーニーと別れた後に発表され、なかにはバーニーと娘の親権を争う訴訟を題材にしながら“家父長制の呪いを解こう”と歌う曲もある。

2018年4月からスタートしたアルバム『Utopia』を中心としたコンサート・ツアーは一旦休止し、2019年5月には進化した形で『Cornucopia(コーニュコピア)』と名付けられてリスタート。ビョークは編曲、製作、演奏はもちろんのこと、サウンド&ヴィジュアルクリエイティブディレクターを担当し、コロナ禍の間に製作したアルバム『Fossora(フォソーラ)』の楽曲も組み込んでアップデートしながら、ツアーは2023年12月まで開催された。“コーニュコピア”とはギリシャ神話の中でゼウス神が授乳をしたというヤギの角のことで、花や果物があふれ出る「豊饒の象徴」とされる。

最新のコンサートで、母性を中心とした世界を願い、環境保護の危機を訴える

母親が水力発電開発に反対していたように、アイスランドの自然の恵みを愛して育ったビョークは、早くから環境保全への取り組みを公言し、エコロジーの専門家であるティモシー・モートンらと交流してきた。そして『Utopia』のコンサート・ツアーから進化した『Cornucopia』のツアーでは、アルカといった仲間と協働しながら、革新的テクノロジーと合体した生態物の映像をスクリーンに映し出し、近未来に向けての自然とテクノロジーの共存や、彼女が願う母性を中心とした世界を、ミュージシャンや合唱団の中から女性を中心にしながら表現した。言い換えれば、それらは環境保護の危機と男性優位主義である社会へのメッセージであり、歌の中で心の傷など内面を露呈しながら、癒しと新たな可能性も示唆している。

このツアーの2023年9月1日に開催されたリスボン公演を収録し映画化した『Cornucopia』(2025) でその全貌を体感できるが、同年3月31日の来日公演時に流れていた環境活動家グレタ・トゥーンベリによるメッセージ映像も、ここではビョーク自身によるマニフェストに変更されていた。コンサートの中盤でビョーク自身が 「種として生き残るためには、私たちのユートピアの定義が必要」と語り、「環境問題の克服が私たちが生きる唯一の方法」とし、「自然とテクノロジーが共存した世界を想像し、その世界を歌にしましょう」と発言していたからだ。ツアーが長く続く間にも地球温暖化など悪影響が拡大し、今こそ自分の言葉で発するべきだと決めたのだろう。

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伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者。『フィガロジャポン』『SPUR』などのモード誌や音楽媒体で多数のインタビュー、対談記事を執筆してきた。取材アーティストはデヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッド、宇多田ヒカル、椎名林檎など国内外問わず多数。
X:@natsumiitoh
Instagram:@natsumiii28

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