2022.10.29
【対談】麻布競馬場と冬野梅子が考える「東京に来なかったほうが幸せだった?」
「なりたい自分」になれた?
冬野 今日、ここに来る前に『5時に夢中!』を見てて実感したことがあって。
私、会社勤めをしてるときに毎日、『午後のロードショー』と『5時に夢中!』を見たいって思ってたんです。ずっと、「ああ、今やってるのにな」って。
それ、今叶ってるなって思って。私、毎日『午後のロードショー』を見て、毎日『5時夢』見てて、あ、夢叶ったって、今日思いました。
麻布 なりたい自分になれてる、って実感されたんですね。
冬野 かなり今、夢叶ってますね。でも、理想の自分かっていうと、果たして『5時に夢中!』を毎日見る人生は理想なのかって言われると、そこはちょっとまだ疑問があります。
麻布 冬野さんの漫画に出てくる人たちって、基本何かやってる人で。その何かって、割と絶妙なサブカル寄りのカルチャーじゃないですか。文フリに出るとか、ライターをやるとか、漫画の登場人物がなりたい像って、冬野さんのなりたい自分イメージですか?
冬野 もともとそういう業界に興味はありました。能町みね子さんとか好きで、東京に来て初めてトークライブみたいなイベントに行ったんです。それがすごい面白くて、ただ人がしゃべってるのを聞いてるだけで楽しいとかあるんだ!って、当時びっくりしたんです。そういう仕事ってないじゃないですか。
麻布 なかなかないですね、確かに。
冬野 自分の考えをお金に変えるって、ズルやってる感じっていうか。「何ズルしちゃってんの」って思う羨ましさと、実際にやってる人がいるんだっていう微妙な気持ちがずっとあったんで。何かを作って、それが人に届くみたいな、そういう仕事が本当にあるっていうのを見ちゃったっていうか。東京で結構間近に見ちゃったっていうショックはありましたね。
麻布 それは冬野さんからするとズルいことなんですね?
冬野 「え、ズルい」ってすごい最初に思ったんですよね。
頭の中にある→形にする→そのリターンが良き理解者に理解される、みたいな。
麻布 頭の中にあるものを何かの形にするだけで、お金がざらざら降ってきて褒められるっていう。そりゃあ気持ちいいっすね、そういうの。
冬野 そんなのいいに決まってんじゃんみたいな、羨ましさを感じたし、そういう悩ましさを持つことがすごく汚いなとも思ったんで。憧れもあるけど、その分、自分の暗い面を際立たせてくるのがカルチャーっていうものだと思いますね。
麻布 今まさしくそれになれてるわけですもんね。図にして漫画にして、バズって、下北沢でトークイベントやってる(笑)。
冬野 そうですね。そして、『5時夢』を毎日見てる(笑)。
麻布 僕の場合は、もともと本を出そうと思って書いてたわけじゃなかったので。
一番わかりやすい形だと、「小説家志望です、新人賞とか応募したけど全然引っ掛からなくて、鬱屈とした気持ちをTwitterに吐き出した結果、偶然に集英社の編集者から声がかかって本が出ました!」っていうのが美しいストーリーだと思うんですけど、そういうわけでは全然なくて。
冬野 そうじゃないんだ。なんで書いてたんですか?
麻布 なんで書いてるか自分でもわかんないんですけど、ただ書いてたんですよ。そしたら稲葉君(本書の担当編集者)からDMが来て、本が出たって形なんで。「小説家ドリーム」というストーリーにも乗っかれなかったんですよ。だから「小説家だ!」みたいな気持ちいい瞬間とか特にないんです。日々が淡々と過ぎていく。
Amazonで売れれば楽しいし、売れなかったらつまんないしみたいな形で。だから、わかりやすい自己実現が得られなかったし、何より親にも言ってないんですよ、本出したって。周りの友達も誰も知らないし。
冬野 私も本が出てもそんなに何も思わなかったんですけど、具体的に褒められて初めて嬉しいものですね。
麻布 そうなんだ。それがないんですよね。
冬野 身近な人に祝ってもらうとかが一番いいかもしれない。
麻布 確かに気持ちいいんだろうな、それって。
冬野 知り合いでも本を出した人がいて、実家の親が配ってるとか言ってました。
麻布 お母さんに見せられないな、この本。
冬野 お母さんがこれを近所に配るかも。「これ書いたのうちの息子です」って。
麻布 自分が手塩にかけて育てた18年間の結果がこれかと思うと結構つらいですよね。
冬野 本屋のレジの人に「息子が書いたんです、これ」って言って。
麻布 胸にくるな……。本を出したことも誰にも言えてないので、暮らしがまるで変わらないんですよ。割と一人で何でもできるタイプなんで、一人でフレンチとか行って飯食ってるんですけど、そのときに暇つぶしにぽちぽち書いてただけで。
冬野 「小説家」っていうのが麻布さんにとってのなりたい自分だったわけじゃないんですね。