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【対談】麻布競馬場と冬野梅子が考える「東京に来なかったほうが幸せだった?」

問題は田舎vs東京の格差じゃない?

冬野 二人とも、「田舎」と「東京」っていうのがすごく格差があるふうに描いているところが共通してると思うんですけど、『まじめな会社員』では、東京が「いい」から出たいというより、地元にいられない、というのが正確なところなんですよね。
東京にいても地元にいても結局一番大事なのって、良き理解者が身近にいるかどうかだと思うんです。親にせよ、友達にせよ、自分が暮らしてる半径5メートルの社会の考え方と、自分自身の考え方が一致してるかどうかで全然幸福度って変わってくるんだけど、あみ子の場合は決定的にそれが望めない。地元が持ってる社会の意思と自分の方向性がまるで合ってない上に、集団の意思って絶対個人より強いから、負けちゃうんですよね。
結局、自己否定になっちゃうっていうか。結婚するのが絶対いいんだよって思ってる人々の中で、一人だけそれは違うって思ってると、それはもうその社会から否定されてるも同然になっちゃうから。

麻布 魔女狩りみたいになっちゃうんだ。異端裁判ですね。

冬野 そうですね。精神的な村八分なんで、それで結局、東京に行くしかない。田舎だと、そもそも入ってくる情報が東京しかないから。

©冬野梅子/講談社
©冬野梅子/講談社

麻布 こないだも、インタビューでそういう話になりました。山内マリコさんの『ここは退屈迎えに来て』の中でも、TSUTAYAに好きな作品が入ってこないって話が出てきて。僕らってそういう世代じゃないですか、TSUTAYAかGEOが全てだったから。あの頃はそうだったけど、今はNetflixもあるし、Amazonプライムもあるし、絶妙な邦画って大体U-NEXTに入ってるから、情報が入ってこないってこともないし、自分が好きなものを好きな人もSNSで見つかるし。だから、今のそういうカルチャー系の田舎の子ってどうしてるんだろうっていうの、すごい気になってたんですよね。

冬野 ryuchellさんとか、沖縄にいるときからインスタのアカウントで人気の人みたいな感じだったんで、できる子はSNSを駆使して、すでに東京のつてを持ってるって人、多いみたいですね。

麻布 やっぱりそれでも東京出てくるんですね。何がみんなを駆り立てるんだろう。

冬野 基本、どこかの段階でみんな上京するんですよね。麻布さんにとっては、地元はどういう場所ですか?

麻布 僕自身の地元に対する感情はフラットで、18年間は某地方都市にいたんですけど、割と都会的だったんですよ。父親の仕事の関係で東京行ったり、海外に行ったりしたし、毎年、夏は何だかんだで東京に遊びに行ったし。だから、田舎で苦しんだって経験はあんまりなかったんですよね。意外と明るく前向きな性格なんで、そんなに友達がいなくて苦しいとかもなかったし。

冬野 「明るく前向きな」で会場がクスクスってなってる(笑)。

麻布 心外ですよ(笑)。そう、人格が乖離しちゃったんですけど、僕自身は本に書いたような、「田舎はクソ」みたいな気持ちはあんまりないんです。ただ、周りに地味にそういうのに苦しんでる人が結構いて。
僕、もともと最初は「note」に書いてたんですよ。そこに、出会った人について脚色し、フィクションを交えて書いたのが、実は僕の原点なんですけど。
広島か岡山あたりの地方出身の女の子で、東大に通ってて、テレビとかにも出てるキラキラ東大生みたいな女の子と出会ったことがあって。めちゃめちゃ酔っぱらって、ぽろっと「私、成人式、行けなかったんだよね」って。お母さんは気合い入れて、高い振り袖借りてくれたんだけど、地元ではずっとごりごりにいじめられてて、誰とも会いたくない。けど、お母さんは振り袖を借りてくれたから、着るだけ着て、マックで時間つぶしたっていう。振り袖を着て、一人でマックで。

冬野 すごい。いい話すぎる。

麻布 完成されてるんですよ、そのエピソードが。

冬野 素晴らしい。書いてほしいですよね。その子本人に書いてほしい。

麻布 確かに。なぜ僕が書いてんだろうな。
同じ地方にいたはずだけど、自分には見えてなかった地方もあるし、逆に東京来て、今10年ぐらい経つんですけど、見えてなかった東京が徐々に見えてもくるんですよね。ちょっと高いフレンチレストランとか行って、その日、自分が一人で4万払うとして、隣でほぼ半ズボンみたいなぼろぼろのダメージジーンズをはいた人が、5,6万のワイン、ぼんぼん開けてるわけですよ。頑張れば頑張るほど、また違うとこが見えてきてつらくなるっていうのは、東京の構造的な問題なんだなって思ってたんですけど、地方も同じなんでしょうね。
麻布競馬場は地方の解像度が低いって、「はてブ」でぼこぼこに叩かれるんですけど、僕に見えてるのが、東京も地方も一部にすぎないんだなっていうのは思うし。それでも、『まじめな会社員』が描く地方の姿があれだけの人に刺さるっていうのは、もしかしたら一番「多数派の地方」なのかもしれないですね。

冬野 みんながイメージする最大公約数的な田舎なのかもしれない。麻布さんが言ったように、地方でも、親の仕事とか住んでる場所によっては、そんなに不自由がないっていうのは本当にあると思ってて。
私、大学生のときに、留学生を受け入れる研究室みたいなところにいたんですけど、そこの研究室でも結局、留学生って母国ではかなりお金持ちの子が多いんで、研究室で仲良くなる子も、日本に住んでるちょっと裕福な感じの子なんですよね。

麻布 リアルだな。

冬野 言葉の壁があっても、ライフスタイルっていうか、文化的レベルとか生活レベルとかのバックグラウンドが近いと、難なく仲良くなれる。地方と東京で見えてる世界が違うとかじゃなくて、もしかするとライフスタイル自体の格差なんじゃないかって。

麻布 実はそこが大きいんだ。

冬野 そうなのかなって思ってます。

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冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
最新刊は『スルーロマンス』(講談社)全5巻。

Twitter @umek3o

麻布競馬場

あざぶけいばじょう
1991年生まれ。慶応義塾大学卒業。
著書に『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)、『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋)。

Twitter@63cities


(イラスト:岡村優太)

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