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鎌倉育ちの作家・甘糟りり子が愛してやまない四季を彩る和菓子たち〜「美鈴」

書籍『鎌倉だから、おいしい。』は鎌倉で生まれ育った作家の甘糟りり子さんがこよなく愛する珠玉の美味を、春夏秋冬に分けて語るエッセイ集。
鎌倉育ちだから、鎌倉で今も暮らすからこそ知り得た、四季折々の味の魅力がぎゅっと詰まった1冊です。

今回はその中から、甘糟さんが愛してやまない和菓子店「美鈴」の紹介エッセイをお届けします。
「美鈴」は1972年創業で、知る人ぞ知る鎌倉の老舗和菓子店。
季節の移り変わりを告げるがごとき「月替わりの菓子」は地元では手土産としても大人気です。
ここでは甘糟さんの鎌倉愛がこもった瑞々しい文章で綴られる「美鈴」の魅力を、この10月にしか味わうことのできない「栗羊羹」の写真とともに心ゆくまでご堪能ください。

*書籍から一部抜粋・再編集してお届けします。
(構成/よみタイ編集部)

和菓子の暦

 宝戒寺近くの「美鈴」は私にとって暦のような存在だ。ここの月替わりの菓子に季節を教えてもらう。
 車の多い表通りから一本入った静かな道を進み、さらに右に折れた細い道を入ったところに店はある。細い道路には玉砂利が敷かれ、真っ直ぐに飛び石が置かれている。手入れの行き届いた細い道を歩いていると、それだけで小旅行でもした気持ちになる。

 私の一年はここの「花びら餅」で始まる。美鈴の花びら餅は二種類あって、ゴボウと味噌餡、ゴボウとあずき餡、それぞれ餅と求肥で包んだ、新年の菓子だ。大晦日、年越し蕎麦とこれを買いに行く。暮れから三ヶ日にたくさんの人が訪れる鶴岡八幡宮も近いので、午後の早い時間に済ませるように気をつけている。
 元旦にはお雑煮の後、濃い目に玉露をいれて花びら餅を味わう。一年の始まりの味覚である。

店名にちなんで包装紙には、愛らしい3つの鈴があしらわれている。
店名にちなんで包装紙には、愛らしい3つの鈴があしらわれている。

 二月の「をさの音」は甘く煮たゴボウに餡子が巻かれ、砂糖がまぶされたもの。織物に使う糸巻きの形に見立て、織り機の音という意味で、をさの音という。コクのある甘さを味わうとああそろそろ寒さも終わるなあと思う。
昇鯉しょうり」はとてもシンプルで、水色の求肥に蜜で煮た大角豆が散らしてあるだけ。五月の菓子だ。この味は春の盛りともうすぐ来る夏を思わせる。ちなみに大角豆は「ささげ」と読む。小豆によく似た豆だが、小豆よりも破れにくいため、関東では赤飯に使われることが多いそう。緑がかった水色の求肥は空に見立ててあって、豆が鯉のぼりではないだろうか。

 お菓子に限らず、見立てという日本の文化が好きだ。作る側の発想に受けて側の想像力が加わって成立するところがいい。しゃれをきかせることは、贅沢な遊びだと思う。
 面白いのは八月。真夏だというのに月のお菓子は「吹雪」という名前なのだ。丸い饅頭に吹雪に見立てた砂糖がまぶされている。饅頭の皮にはほんのり醬油が塗られていて、砂糖と醤油の対比がおいしい。いわゆる、甘じょっぱい味である。夏の暑い盛りに、熱い日本茶で吹雪を食べる。
 九月は「流鏑馬やぶさめ」だ。鶴岡八幡宮で走る馬の上から矢を放って的に当てるのは、鎌倉の秋の大切な行事である。竹串に刺した長方形の求肥に紙が巻きつけてあって、そこには矢羽根が描かれている。インテリアにしたいぐらい美しい。求肥は白餡に卵の黄身を混ぜた黄色いものと、小倉餡のこげ茶色のものがある。

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甘糟りり子

あまかす・りりこ●作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻く文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著の『産む、産まない、産めない』(講談社)は5刷に。そのほか『産まなくても、産めなくても』(講談社)など現代の女性が直面する岐路についての本や、鎌倉暮らしや家族のことを綴ったエッセイ『鎌倉の家』(河出書房新社)など好評発売中。

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