2020.10.4
川村エミコの15年にわたる奮闘〜「声が出ない!私が舞台に立った日」
「そうだ!剣道部だ!」
担任の先生が剣道部の顧問だったこともあり、入部しました。
一応、「花の高校生活」への憧れもあったので、仮入部期間中、勇気を出してテニス部にも行ってみました。
仮入部に行ったところ、上級生に「あんた、入んないでねー!」と言われました。イケテナイ人お断りの雰囲気がバンバンありました。まさか仮入部期間で断られるとは思わなかったので、背伸びはするもんじゃないです。
剣道部に入って、朝練に午後練、夏の合宿に数々の試合。とにかく頑張りました。生粋の真面目っ子倶楽部なので、休まず頑張りました。
ただ部活の剣道をやっている時は大きい声を出せるのですが、普段は全く声が出ず、あの剣道の面が無いとなんの声も出せないことが分かりました。普段から全校生徒学校ではお面を着けて生活するというルールがあればいいのになぁと思っていました。
しかも、運動神経がないので、全く勝てず、高校3年生の最後の春の大会で、小さくそれは小さく面に当たったのを、審判だった顧問の先生が勢いよく「一本」の旗を上げてくれて、それにつられたのかもう一人の審判さんも上げてくれて、私の心技体というよりは顧問の先生の心技体が私の動きに合わせてくれて、最初で最後の試合で人生初の一本を取れました。後にも先にもその一本しか剣道では取れたことがないです。
終わったあと、顧問の先生が「勢いよく上げてみたよ! 良かったなぁ!一本取れて!」と体育館の端で言ってくれました。部長のCちゃんも「良かったね。1回も勝てず終わらなくて良かったね。」と喜んでくれました。
先生が最後だから他の審判の先生にもお願いしてくれてたのかなぁとふと思いました。
それでも、面に当たっていたのは確かなので、嬉しかったです。
ものすごく弱かったので団体戦ではいつも私は負け戦ということで大将にいました。何にもチカラがないのに大将です。
先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の5人で戦います。そのうち3回勝てばこちらの勝ちです。
だから、私はいつも大将の席にちょこんと座り、先輩方なんとか勝ってください。という念を送り試合に挑んでいました。相手方は大将に本当の大将を当てはめているので、試合が回って来た時は大変です。はじめっ!の合図で吹っ飛ばされたこともあります。
真正面からブツカッていたのですが、後に大学に入り、国分寺の居酒屋とんちんかんで、先輩から「納豆を食べていって、ツバ競り合いの時、息をハァハァするんだよ! 後は、急な二刀流!な。はじめっ!の合図で2本のうち1本落として、相手の隙を攻める! そういう事やんなきゃダメだろ。」と教えてもらいました。
「すごい!面白いです! そういう考えの人、剣道部にいませんでした。」と感動し、異様に甘いバニラアイスが乗ったカルアミルクを一口飲みました。その時、あー大学生になってよかったなぁと思いました。(それもまた別のお話です。)