2020.10.4
川村エミコの15年にわたる奮闘〜「声が出ない!私が舞台に立った日」
「一日に一言えみこちゃんの声を聞けたらいい方です。」と先生に母が言われるくらい、小さい頃 私は静かでした。
思っている事はたくさんあるのに、声を出そうとしてもなかなか声は出ませんでした。
声は出なかったけど、暗いけど、前向きに向き合い続けて、15年掛けて舞台に立つまでのお話です。
幼稚園の年長さんの時の記憶としてとても色濃く残っているのが、お誕生日月にステージに登壇し、将来の夢を発表するというイベントです。
黄色いクチバシに黄色の羽、何故か赤いボディのあひるさんで羽の部分が二重構造になっていて、上の羽の部分をめくるとお腹の部分に夢を書くスペースがある紙に、自分の夢を発表すると、その場で先生が書いてくれます。
ズラリとお誕生日の子達が体育座りで並びます。
私と同じ12月生まれの園児は10名ほど、私の順番は5番目。真ん中辺りでした。
私はこの時「舞台に立つ人になりたい。」と思っていました。
先生が言います。「○○ちゃんの将来の夢はなんですか?」「お花屋さんです!」1番目の子が言います。2番目の子も元気に答えます。「お花屋さん!」どんどん順番が回って来ます。みんな、歯切れ良く元気にスパスパ答えていきます!
順番の前に小さな声で「舞台に立つ人です。」と練習しようと思いましたが、「ぶ、ぶ、」と「舞台」の「ぶ」の字も出なくて、勝手に一人で慌てていると気付いた時にはすでに私の前の子が答えていました。「もう私だ! どうしよう。」
先生は間髪入れずに聞いてきます。
「えみこちゃんは将来何になりたいですか?」
先生はあひるさんの紙を広げて、ボールペンで書く準備万端です。
あひるさんの紙をジッと見ながら、えみこ!いけっ!言うんだ! さぁ!さぁ!「舞台に立ちたいです!」と言うんだえみこ!
どんなに心で叫んだって先生には届きません。
声が出ません。
先生はもう一度、「何かなりたいものある?」と優しく聞いてくれました。
その瞬間、胸のど真ん中がカァーーっと熱を持って火の玉みたく熱くなり、更に硬直しました。火の玉を押さえたくて、手を胸に当て、グーにして、なんとか「ぶ」と言おうとしても、声が出ません。
「ぶ」を言う少し口をすぼめるカタチで唇が固まったままです。
頭の中では、言わなくちゃ!言わなくちゃ!とすっごく思っても、どおしても声が出ません。
答えるのが遅い私を先生は怒っているかもと思ってチラッと見たら、今度は喉が詰まったみたくなりました。
「他人に私なんぞやの夢を言うなんて恥ずかしい、でも、舞台に立つ人になりたい。でも、でも、でも、どうしよう。」頭の中で「どうしよう」が竜巻みたくグルグル回って、身体がチンチンに熱くなり、沸騰しきっていました。
なおも「ぶ」のスタンバイの唇のまま、硬直し、私の後ろの二重で目がクリッとしてキラキラの女の子が「まだー?まだー?」と言ってきます。
心の声を先生が聞けるパワーがあったらいいのに、と思って、「舞台、舞台、舞台、舞台、舞台」と先生を見て念じてみましたが、そんなテレパシーなんぞあるはずがなく、痺れを切らしたであろう先生が「ケーキ屋さんかな? お花屋さんかな?」と。
心の中で「舞台の人です。」といっぱいいっぱい会話しているのに、悔しいかな、一つも声にならずです。大きなまぁるい宙に浮いた水の塊の中に「舞台の人」という気持ちがあるのですが、そのまぁるいプールから飛び出せないのです。
恥ずかしいという気持ちでいっぱいになってしまいました。
先生が困った顔をしました。
私は今もなお、口を少しすぼめて「ぶ」のカタチにしたままです。
「じゃあ、えみこちゃん最後にまた聞くね。」
「ぶ」唇のまま小さくうなずきました。
先生から解放されました。