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硫黄島の洞窟に置いてきてしまったもの…『海の怪』より「繋がってはいけない」

硫黄島の洞窟に置いてきてしまったもの…『海の怪』より「繋がってはいけない」

 そんな記憶も薄れかけていた、それから数年後――
 娘婿が防衛大生だったとき、軍用機で硫黄島まで研修に行くことになった。
 硫黄島もアメリカ軍をあえて上陸させて戦うという、ペリリュー島から引き継いだ戦法をとった。
 アメリカ軍は3日程度で攻略できるだろうと高を括っていたが、結果的に硫黄島では1か月以上もの激戦を繰り広げることになる。

 実際に硫黄島に行くと、洞窟がたくさんあるのがわかる。娘婿は、そのうちのある洞窟の内部に入っていって、過去の激戦の跡を目の当たりにした。
「いいか、君たち。ここにあるものを絶対に持ち帰っちゃダメだ。戻るときには靴の裏の泥を全部払い落としてきれいにしろ。自分のものを置き忘れるのもダメだ」
 教官はそこにいる全員に言い渡した。

 ところが、うっかり者の娘婿は、なんとその洞窟に自分の眼鏡を忘れてきてしまったのだ。しかも軍用機に乗るとき、靴の底についた泥も払わなかったという。
 そして大学寮のある横須賀に戻ってしばらくたった頃――
 謎の高熱にうかされることになる。医者の診察を受けてもまったく原因がわからない。
 やがて、高熱の苦しみからようやく解放された娘婿は、眼鏡を新しく作るために眼鏡屋へ出かけた。眼鏡は1時間ほどで出来上がり、実際にかけてみたが特に問題もない。眼鏡ケースを収めたバッグをカウンターに置き、代金を払っていたそのとき――バッグの中でパキッと何かが折れる音がした。

 目の前の店員もその音を一緒に聞いている。
 そこで娘婿はハッとしてバッグの中を探り、眼鏡ケースを取り出して蓋を開いた。
 すると――買ったばかりの眼鏡のレンズが、真っ二つに割れているではないか。
 店員は、これまでの知識と経験からしても、レンズがこんな割れ方をするはずがないという。レンズは交換してもらえることになったが、娘婿はそれどころではない。
 新しい眼鏡を持って、すぐさま靖國神社でお祓いをしてもらい、どうにか事なきを得、今に至る。

 国内外のあちこちに、現世の者が繋がってはいけない場所がある。
 そこに渦巻く怒りや悲しみ、憎しみや無念。
 それは易々と海をも越える。
 太平洋の海に浮かぶ島々に眠る戦いの記憶は、広く深く海に残留する。
 そしてそれが、その場から解き放たれたとき、何が起こるか――
 動かしてはならない、持ち帰ってはならない。
 その場にとどめておかなければならないのだ。

稲川淳二さんとのスペシャル対談動画はこちら

動画後半には、鈴木光司さんと稲川淳二さんの怪談も。
どうぞ最後までお見逃しなく……。

貞子よりも恐ろしい…海をめぐる18話

ホラー界に金字塔を打ち立てた鈴木光司さんが、実話をもとに語る海への畏怖と恐怖に彩られた18のエピソード。
世界を船で渡った男だからこそ知る、海の底知れぬ魅力とそこに秘められた無限の恐怖とは……。
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新刊紹介

鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。
「鈴木光司×松原タニシ 恐怖夜行」(BSテレ東)期間限定放送中。

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