2020.8.29
ニッポンの不倫男〜罪悪感がないにもほどがある権利主張の話
西洋文化と不倫万歳が入り混じったこんな国であっても、まさか熱っぽい言葉で愛と求婚を囁く際に、君はどっち派? 仕事と性は持ち込んでほしくないサザエさんタイプ? ポリティカルな議論とセックスなしでは夫婦なんて呼ばないフランス映画タイプ?と確認するわけでもないし、夫婦間に意識の齟齬が生じ、そこに男性特有の、優しい嘘より迂闊な真実を纏ってしまう性質が重なって、涙や事件や裁判に帰結している例も絶えない。
さて、かつては歌舞伎町で本来ならば妻のものになったかもしれない男の財産の一部を少々横からお借りして酒など飲んでいた者として、パートナーの不倫に傷つく全ての既婚男女に最大限の敬意と謝意を示しつつ言うが、不倫男のせいでなぜか汚水を浴びているのは何も指輪をしている方の女ばかりでもない。
富士山が人の心を癒し、風俗が男の下半身を癒すわが国で、不倫が何を癒し育んでいるかというと、一部のパパ活嬢や愛人の財布、そして男の肥大した独占欲と間違った自尊心だけである。そして前者が新宿伊勢丹やらホストクラブやらイエス高須クリニックで一応の経済効果を生んでいるのに対し、後者は汚水しか生んでいない。
既婚男性が何故か嫉妬深いというのは既婚男と付き合った経験のある女のわりかし共有している感覚で、私の友人もかつてクンニのうまい既婚者の整形外科医と付き合っていて、彼に四六時中フェイスブックやら何やらチェックされ、パーティーに行っていたけど男にナンパされなかった?とか言われるのに嫌気がさした頃、夜中にわざわざ外から電話をかけてきて、「君が今日行ってた富麗華だけど、君が同年代の友達と行く値段の店じゃないよね? 誰と行ったか言いなさい」と謎なセンセイ口調で命令され、「ごめん、年、誤魔化してた! 私、27歳じゃなくて34歳なので富麗華行けるしあんたの嫁と一コしか違わないの! 若い子と付き合ってる気分壊しちゃってごめんちゃい」とLINEを送ってブロックした過去を持つ。
あるいはもう一人の、既婚男性にだけモテ続けて10年以上の年上の友人は、車の中で、「最近愛が足りない」と60代の既婚者に文句を言われ、そんなことなくなーい?と言ったら、男はさめざめと泣きだし、「なんで昨日はLINE が既読にならなかったの?」とまさかの女子高生みたいなことまで言いだし、「他に誰か好きな人ができたんでしょ? 前はもっと絵文字とかくれたよね?」とさらに女子中学生みたいなことも言いだし、しかし後頭部はなかなかに禿げていて、「ねえ、この後誰かと会うの?」と問いかける潤んだ目には老眼鏡がかかっていて、なんともいえない気持ちになり、数日後にやはり別れた。
束縛だとか必死に愛するがゆえの了見の狭さというのは確かに稀に女の自尊心を満足させるものであるが、少なくとも既婚者と付き合っている女はそのような余裕のなさを求めてはいない。というか既婚者と恋愛してる女というのは、パパ活サイトに行けば少なくとも時給1万円ほどの仕事をボランティアで行い、最大限の寛容さを持って男が家で良い子の顔をして家族サービスをしながら外では自分の家や身体に侵入することを許し、良識と心苦しさを持ってそれを人に話したりせず、人生の限られた時間を使って未来もお金も子作りも住む場所も約束してくれない男と恋をしているわけで、それはまったくもって彼女たちの選択なので同情には値しないが、相手の男にもせめて自分と同じくらいの寛容さと良識と心苦しさがないと、一気に興ざめする上に、汚水の臭いを鼻に突きつけられた気分になるのだ。
いかんせん、他の男がいるの?と潤んだハゲ頭で訴えてくる男の自宅には、一応かつて誓いますとかケーキ入刀とかし合った女がいるわけで、そんな人にこんなところで青空青春真っ盛りの恋愛劇を演じられても、そしてその恋愛劇を演じる権利があるような顔をされても、俯瞰癖のある女たちは酸っぱいものを口に入れたような顔になるだけなのだ。