2021.8.22
怪談家・稲川淳二さんが語る、海の恐怖体験「心中死体の上で聞いた声」
私の顔の前に、向こうを向いた女性の頭があって髪の毛がぺたっとくっついていて、私の顔の後ろに男性の頭があった。
お巡りさんはそれが見えているわけですよね、だから震えてたんだ。
こっちはそんなこと知らないから、ようやく海藻から抜け出せたと思って、また岩場に戻って来た。
と、そのもやの中からね、手漕ぎボートが来たんです。
警察官が3人いまして、私がいたところに、すうっと潜っていくから、何してんのかなあと思って見ていると、間もなくして、ボートがバックして来た。
ぴんと張ったロープの先に目をやると、さっきの大きな海藻のが結わいてあるんですよね。
ボートはすうーっと岩場を周って行って、反対側に砂地があるんですが、そこに海藻の塊をすっとあげたんですよね。
これなんだろうと思って。
で、手をペタペタペタペタついて、這うようにして見に行ってみたら、その海藻の塊から腕のようなものが4本出てるんですよ。
それはね、サツマイモの皮みたいなね、赤みを帯びた紫というのかな、薄い色をしているんですよ、全体的に。そこにジャガイモの輪切りみたいな斑点がいくつもあるんだ。
これなんだろう、人形かな、と思った。
お巡りさんがだんだんだんだん集まって来てね、それで心中死体だってわかったんです。
どうやら宿の方に遺書を書いて消えたんで、一晩中探していたらしいんですよね。
死亡推定時刻が2時40分って言うから、我々が釣りを始めるほんのちょっと前に亡くなっていたわけだ。
となると、私はあの、死体の上で一晩寝ていたわけですよね。
そんなことがあったんだなと思っていると、お巡りさんが私に言うんですよ、「あなたが発見者で通報者ですから」って。
「ですからって言ったって、私、発見してないし、通報もしてないから」って言ったら、
「いや、あなたがあの時に呼んでくれなかったら、おそらくこの死体というのは、また沖に流されて、二度と見つからなかったでしょうね。あなたがあの時呼んでくれたから、この死体は見つかったんだ。だからあなたが発見者で通報者だ」って言うんですよ、無理に。
だからその時は「ああ、じゃあいいです」って通報者になったんですよね。
まあそんなことがあって、夏が終わったんですよね。
秋になったら、この出来事が女性週刊誌に載ったんですよ。
読んでみると、なんだか切ない話なんですよね。
心中した2人は、それぞれ家庭を持っていた。でも不倫じゃないんですよ。
背景には戦争があって……。
これがまあ気の毒な、優しい話で、もう胸に残ってしまってね。
ただ私ね、その時ふっと思ったんですよ。
あの時、寝ている私の頭の先でもって
「おい」
って言ったあの声ね、あれがなかったら、私、起きないんですよね。
あの声一体、なんだったんでしょうねえ。
西伊豆の海で心中した2人の切ない背景とは…。『海の怪』特別動画公開中
稲川淳二さんと鈴木光司さんの、海にまつわる怪談を収録した特別動画を公開中です。
こちらの動画では、西伊豆の海で稲川さんが「発見者」となった心中死体の背景にあった、切なく悲しい事情についても、さらに詳しく語られています。
心してお聴きください……。
稲川淳二さん絶賛! 海をめぐる18話のミステリー
ホラー界に金字塔を打ち立てた鈴木光司さんが、実話をもとに語る海への畏怖と恐怖に彩られた18のエピソード。
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