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怪談家・稲川淳二さんが語る、海の恐怖体験「心中死体の上で聞いた声」

どれほど時間が経ったのかね、私の頭のちょうど先くらいかな、
「おい」
と声かけられたんで、え? っと起き上がったんですよね。
でも誰もいないんだ。
確かに頭らへんで、「おい」って言ったんですよね。

周りは真っ白。
朝もやって言いますが、もやなんてもんじゃないんですよ。本当に濃いんだ。
まだ夜明け前、立ち上がってね、手をぐーっと突き出すと、指先が隠れるんじゃないかっていうくらい。

すごいもんだなあと思って、海の方を眺めていたら、遠い後ろの方からね、
「おーい」
って声がしたんですよ。
なんだろうって振り向いたら、浜の上のところに道があってね、おまわりさんと地元の若い人が2人で「おーい」って言いながら歩いてるんで、
朝で気持ちがいいからこっちも「おーい」って言ったら、向こうがこっち振り向いたんだ。で、こう、手振ったんだ。
そしたら2人して「そこにいろ」という感じで私を指差して、走ってきたんですよ。私、呼んだ覚えはないんだ。

その時に、ちょうど脱いで岩場に置いておいた私の皮のサンダルの一つが、ぽちょーんと海に落っこっちゃった。
これ、けっこう高くて、気に入ってたんですよね。で、短パンですからね。
そのまま岩場に降りて行って、海に入ったら、ちょうど海面が胸のあたりなんですよ。
で、この海面から、今自分がいた岩場、そうですね、1メートル7、80センチくらいあるのかな、気づかなかったのですが、この下はね、えぐれているんですよ。がばっと。

そこに、大きな海藻の塊がふうっと浮いているんだ。

私の足元にサンダルが沈んでるんで、息止めて潜ってサンダル掴んで、すっと上がったら、私が潜ったもんだから、その大きな海藻の塊が、さわっと私の頭の上に来ちゃった。
ばっと海から上がった時に、海藻の中に頭突っ込んじゃったわけだ。
顔にべたっと海藻がひっついちゃって、これが取れないんだ。細い海藻で。

ひょいっと上見たらね、私がいたその岩場なんですが、お巡りさんが立ってて、こっち見下ろしてるんですがね、真っ青な顔して震えているんです。
なんだろうっと思いながらね、いくらやっても取れないんですよ、海藻が。

これね、海藻じゃなかったんですよ。
女性の髪の毛だったんだ。

私、心中死体の間に頭突っ込んじゃったんですよね。

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新刊紹介

稲川淳二

いながわ・じゅんじ●1947年東京渋谷区生まれ。桑沢デザイン研究所専門学校卒業。テレビ番組のリポーターやリアクション芸人として活躍。さらに、怪談家として他の追随を許さない人気を誇り、怪談イベントは常に大盛況。

稲川淳二公式サイトhttps://j-inagawa.com/
稲川淳二の怪談ナイト公式サイトhttp://www.inagawa-kaidan.com/

2020.08.01稲川淳二、YouTube始めました。
YouTubeチャンネル『稲川淳二メモリアル【遺言】』
https://www.youtube.com/channel/UCwBwI0hGtHAp-ZPT_dR1_DA/videos

鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。
「鈴木光司×松原タニシ 恐怖夜行」(BSテレ東)期間限定放送中。

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