2021.8.22
怪談家・稲川淳二さんが語る、海の恐怖体験「心中死体の上で聞いた声」
本書を「心地よい恐怖に浸るうちに怪異な闇に呑み込まれてゆく極上のミステリーに酔い痴れました」と絶賛する怪談家の稲川淳二さんが、海にまつわる実話怪談を披露してくださいました。
学生時代の稲川さんが西伊豆の海で体験した、恐ろしくも悲しい出来事とは……。
日本随一の語り手である稲川淳二さんの怪談を、ぜひテキストでじっくりとご堪能ください。
*2020年9月に公開した動画「鈴木光司『海の怪』刊行記念スペシャル対談 ゲスト:怪談家・稲川淳二」の一部内容を書き起こし、再編集しています。
(構成/よみタイ編集部)
西伊豆の海で起こされた声の正体は…
毎年夏になるとふっとね、思い出す話なんですがね、これもだいぶ昔の話になるんですよね。
私が学生時代なんですがね、学校の学生会が、西伊豆に海の家を開いたわけですね。夏の企画なんですが。で、そこへ私は参加したわけなんだ。
当時の西伊豆というのは今と違ってね、随分寂しかったですよ。
民宿に行きましたらね、そこのおばあちゃんになんだか気に入られちゃったの。もともとどうも私、子どもの頃からおじいちゃんやおばあちゃんに好かれるんですよ。
で、みんな食事だっていうと、広い座敷でもってね、テーブル並べて食べてるんですが、私は別の部屋でおばあちゃんと差し向かいで、おかずも多いんだ。
するとおばあちゃんが、
「あんたねえ、夜になって、そうだねえ、夜中2時半くらいに弁天岩行ってごらん。魚たくさん釣れるから。私が釣竿だとかさ、エサを用意しといてやるよ」
って言ったんですよ。
じゃあ行ってみようかなあと思って。夜に仲間3人起こして、4人で行ったんですよね。
浜へ出ると、まあ当時は、月が雲に隠れると真っ暗ですよ。ぽつんぽつんと、遠くに灯りが見えるっきり。
海の音が大きく聞こえるんですよね、ザー、ザザー、ザー、ザザーっと。で、4人が歩く砂の音。ザ、ザ、ザ、ザ。
そしてまた月が雲からふっと現れると、あたりがうっすら青く照らされてるんですよね。
で、弁天岩に行ったんですよ。もう海は真っ暗で何にも見えないんですが、波がザバーっとぶち当たると、夜光虫がスーッと白く輝いて飛ぶんですよね。
一人だったら、おそらくちょっと怖いだろうなあ。
じゃあ、釣ろうかってみんなで釣り始めたの。
ところが一向に釣れないんですよね。
「おかしいぞ、釣れないぞ」と言っているうちに、一人が「なあ、悪いけどさあ、俺眠いから帰っていいかなあ」って言ったんですよ。
もう一人が「俺もなんだか帰ろうかな」って言うから、「何言ってんだよ、夏なんだからさあ、もう少しで明るくなってくるから」って言ったら、「そうかなあ」とか言っているうちにまた一人が「俺も帰っていいかなぁ」って言うんですよ。
で、3人が帰りたいって言うからね、私の竿も渡して、別に喧嘩したわけじゃないんだけど、3人が帰っていき、私一人で残ったわけだ。
岩場にごろんと仰向けで横になって、月が見えたり消えたりしているんですよね。
蚊もいないからね、別に問題ないし、気持ちのいい風が吹いているんですよね。
で、波がザバーンと打ち寄せている。
そうしているうちに眠っちゃったんですね。