よみタイ

貞子を生んだ鈴木光司氏が20年封印していた無人島のビデオに映っていたもの

 まず聞こえてきたのはハアハアという息切れだった。紛うことなき自分の声である。岩にボートをつけて飛び移り、崖を削った小道をビデオカメラ片手に登るうち、息が切れ、呼吸が荒くなる様がしっかりと録音されていた。
 声の発生源が自分であるとわかっていても、見知らぬ人間の息遣いが混じっているように感じられ、妙な違和感を覚えた。崖を登り切り、集落の方にカメラのレンズを向けてようやく、音の源がわかった。伸び放題となった丈の高い草が風に揺れ、波のようなざわめきを立てていたのだ。
 カメラは廃墟をゆっくりと通り過ぎて、裏山の獣道へと進んでいった。
 実に下手くそな撮影である。カメラワークがなっていない。録画ボタンをオンにしたまま、気紛れにレンズをあちこちに向けるため、映像が安定しないのだ。獣道は石がゴロゴロと転がって足場が悪く、画像の揺れはますます激しく、モニターに目を凝らしているうち船酔と似た気分になってくる。
 小道の両側からは樹々が迫り、初夏の日差しを遮って、あたりは薄暗かった。進行方向にカメラを向けていたぼくが、ふと人工の建造物らしき影を発見して左方向にレンズを向けると、その奥へと10メートルばかりのびる小道があり、行き止まりとなる斜面の手前に、山間の神社でよく見受けられる小さな祠があった。
 気になって足を止め、左手の小道に数歩入ったところで祠に焦点を合わせて数秒間撮影し、元の獣道に戻って登攀を続けた……。

©PhotoAC
©PhotoAC

 なにしろ、20年以上も前のことである。脇道の先にある祠を撮影したことなど、すっかり忘れていた。
 しかし、映像と音の記録をひもとけば、われわれ四人の口が重くなっていったのが、この祠を通過した直後であるとわかる。
 祠を通過して以降、会話から明朗さが消え、口が重くなっていく様を、カメラのマイクはしっかり拾っていたのである。
 われわれ四人は、無意識のうちに目の片隅に祠をとらえ、霊妙な気配を漠然と感じ取ったのかもしれない。その正体が知れぬまま、登攀していたところ、茂みの向こうから鹿が現れ、我が意を得たりとばかり、神聖なる犯人役に鹿を祭り上げてしまったのではないか……。
 異様な雰囲気の原因が、鹿ではなく、別のものにあった可能性なきにしもあらず……。
 リバースボタンを押して祠のシーンへと映像を戻し、真正面からとらえたところで静止画像へと切り換えた。
 静止画像を少々眺めただけで、違和感がどこから来ているのかわかってきた。5段組みの石段を登ったところに建つ祠は、トタン屋根の粗末なものであったが、木造にもかかわらず、ちゃんと外観を保っているのだ。集落にあった木造家屋がほぼ全て倒壊して重なり合う木材の塊と化していたのと比べると、明らかにおかしい。集落が吹きさらしの高台にあるのに対して、祠は樹間にあって強風の害から多少守られていたとしても、差があり過ぎるのだ。
 この点に留意した上で、静止画像を拡大し、柱や板塀、横木などの造りをじっくり観察してみることにした。
 すると、各所に、ヒトの手が加えられた痕跡が見て取れた。両側の壁は長方形の板を重ねて補強されているのか、色彩が他と異なって見える部分がある。ようするに、継ぎ接ぎだらけなのだ。おまけに、木の土台を差し込むことによって柱の高さが調整され、正面にある観音開きの戸板には後付けされた形跡が明白である。
 何者かの手によって修繕された……。
 補修するための素材には事欠かないだろう。集落跡には、板や柱などの木材が山と積まれている。

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新刊紹介

鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。
「鈴木光司×松原タニシ 恐怖夜行」(BSテレ東)期間限定放送中。

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