よみタイ

貞子を生んだ鈴木光司氏が20年封印していた無人島のビデオに映っていたもの

 実は、ここまでの体験を書いたエッセイは、「よみタイ」にアップされた後、「誰か、いる」というタイトルで拙著『海の怪』(2020年集英社刊)に収録されている。
 ところが、この話には後日談がある。
 秋に出版を控え、再稿ゲラをチェックし終えた頃、担当編集者から連絡があり、「ゲラに掲載されている画像に『そこにあるはずのないモノ』が写っているため、写真を差し替えます」と告げられた。
 廃墟となった家が写った問題の写真には、プラスチック製の半透明衣装ケースが、ゴミの散乱する床の中央に転がっていた。
 「この写真のどこがいけないのか」と訊いたところ、「写真は、ネットの画像検索でヒットしたフリー素材で、無人島とは関係ありません。でも、1970年に全島民が離島したという無人島の話のイメージ画像に、それ以降に製造された衣装ケースが写っていたら、不自然な印象を与えかねません」と言う。
 書籍の巻末に「本書掲載画像はいずれもイメージとして使用したもので、内容に関連ありません」と断り書きを付けるにしても、1970年以前には製造されていなかった衣装ケースが写り込んでいるのはマズい……、校閲はそう判断したらしい。
 イメージ画像に写った衣装ケースの製造年までチェックする校閲者の緻密な仕事ぶりには、ただただ頭が下がるばかりで、素直に「了解しました」と返すほかなかった。
 ところが、無事『海の怪』が刊行されて以降も、ぼくの脳裏には、担当編集者が口にした「そこにあるはずのないモノ」という表現が印象深く残り続けた。なんとなく神経がザワつくのは、「そこにいるはずのない人間」へと進んだ連想が、止まることなく肥大し、「心霊写真」や「幽霊」の類いが喚起されてくるからである。
 遠い記憶を手繰り寄せ、島の獣道を山頂へと辿ったときの雰囲気を思い出そうとして、ぼくははたと気づいた。
……そうだ。あのとき、ビデオカメラを回していたじゃないか。

©PhotoAC
©PhotoAC

当時、クルーズ中は必ず、入出港する漁港や上陸地点の風景などを撮影し、記録に残すよう努めていたので、廃墟から山頂までの記録は保存されているはずである。しかし、20年前の媒体はミニDVカセットテープ。そのままの形ではパソコン等で再生できない。どうしたものかと思案していると、有り難いことに、担当編集者が、「DVDディスクに焼き直してあげましょうか」と救いの手を差し延べてくれた。
 こんなことなら原稿執筆前に映像を見ておけばよかったと、自分の迂闊さを後悔しつつ、「ぜひ」とお願いしたところ、一週間後、20年ばかり前に撮影した島の映像が手元に届いた。
 録画時間は約90分、さっそくパソコンに入れて再生し、観賞することにした。
 懐かしい映像をゆっくり楽しみたいところであったが、クルーズ終盤の無人島上陸シーンまで早回しで進めた。

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鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。
「鈴木光司×松原タニシ 恐怖夜行」(BSテレ東)期間限定放送中。

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