2021.6.27
新しい味の伝道師・稲田俊輔さんが選ぶ、食エッセイの不朽の名作、池波正太郎『むかしの味』
前回は、『独学大全』などで知られる作家で人気ブロガーの読書猿さんが、落ち込んだ時に繰り返し読む漫画3冊をご紹介くださいました。
今回は、南インド料理など食の新しい潮流を生み出し続ける料理人・飲食店プロデューサーの稲田俊輔さんの愛読書をご紹介します。
池波正太郎が愛した「むかしの味」
食について書かれた本を読むのが昔から好きでした。子供の頃読んだ本に出てくる食べ物は、自分があまり食べたことのない、あるいはよく知らないものばかり。いったいどんな味でどんなおいしさなんだろう、と想像力を巡らすばかりでしたが、成長するに従ってそこには知っている食べ物が増えていき、わかるわかると共感しながら読むことも増えていきました。
そんな中で出会った、池波正太郎『むかしの味』は、少し不思議な感覚の本でした。僕がこの本に出会ったのは二十代後半でしたが、その時点で本の発刊である昭和五十九年からは十年以上が経過していました。そしてこの本はその著された時点から更に「むかしの」味を懐かしんで書かれたものです。
本に登場する食べ物はカツレツやカレーライスなどの洋食、蕎麦、鰻、焼売、などなど。自分もよく知っている食べ物ばかりです。しかし特徴的なのは、それらについて語る全てにおいて、基本的に「今より昔の方が良かった」「昔の味をそのまま保っているのが良い店だ」というスタンスが貫かれているのです。
と、これだけ書くと「なんて嫌な本だろう」と思う人ももしかしたらいるかもしれません。いわばひたすら懐古主義的な老人の繰り言。令和の今なら「老害」という容赦ない言葉で揶揄されかねません。
しかし(実際読んでいただくとなんとなくわかると思うのですが)この点において著者は「確信犯」です。ある種のヒールを演じることで後世に何かを伝えたかったのだと思います。