2021.6.26
「男性には、超えたらあかん性的『一線』がわかりづらい」南和行さん×三輪記子さん 男女のトラブル法律対談
弁護士がグラビアに出るという面白さ
南 三輪さんの夫さんは、僕も親しくさせてもらってる元編集者で作家の樋口毅宏さんですが、本の執筆にあたって樋口さんからアドバイスを受けたり、何か影響を受けたりはされていますか。
三輪 初稿のゲラは読んでもらいました。よかったよと言ってもらって、日本語の言い回しがこっちはこれのほうがいいみたいなところだけ修正してくれましたね。
南 へー。そういうときって、ちょっとでも夫さんからの修正が入ったら、イラってしたり、何やねんと思ったりはしないタイプ?
三輪 全然。やっぱり文章に関しては、樋口の文章ってすごく読みやすいと思っていて。本当に読みやすい文章を書くってすごく難しいことだと思うので、それができているというだけで相当すごいと思うし、あと、書かれた文章をちゃんと読みやすい文章に校正することに関しても、夫は優れているなと思いますね。
私自身は、文章を書くのはあまり好きじゃないというか、書き始めると、やっぱり正確性が気になってしまうので、とにかく時間がかかるんです。ここを調べなきゃとか、こういう書き方でいいのかなとか、悩みが次々出てくるので、やりたくないとかじゃないんですけど、書くことが大変だなというのはあります。
南 僕は逆で、『夫婦をやめたい』みたいな物語風の原稿は、結構あっという間に書けるんです。裁判の文章とか、弁護士らしい文章を書くのは、たまにすごくまどろっこしくなって、書けなくなるときがあるんですけど……。
弁護士の仕事をしていると、フィクションの物語をつくることで、自分が受け止めた他人の感情を言葉とか人物像に再構成したいという気持ちがすごく湧いてくる。逆にそれをしないと、いろんな人が心に住み過ぎて、心がもたへんわみたいに思うわけですよね。作りかけの人形の断片だけが心にあるみたいになって、それをちゃんと形にして組み立てて外に見えるところに並べてあげないと、僕の感情ももたない。三輪先生は、そういうのはないですか?
三輪 すごくわかりますよ。それをどういうふうに表現するかだと思うんです。南先生は文章を書くとか音楽とか、そういうのが自己表現で、私はグラビアやってみたりとか、くらたま(漫画家の倉田真由美さん)とやっているYouTube「みわたまチャンネル」でビキニ着たりとか、そういう行動が自己表現なんですよね。法律関連の本の執筆も含めた弁護士らしい活動とはまた別に、自分が世の中に訴えたいことというのがあるんです。そもそも弁護士がなぜグラビアに出るねんというところに疑問を持ってほしいというか。
南 じゃ、三輪先生は弁護士じゃなかったらグラビアには出てなかったかもしれない、と。
三輪 そうそう。だから別にグラビアがメインじゃないというか、弁護士がグラビアに出るというところの面白さだと思っています。
時々、グラビアを見たという方から手紙とか来るんですよ。
たいていは「すごく綺麗で素敵だと思いました」とか、礼儀正しいお手紙なんですけど、中には「何回抜きました」みたいなのもあって。同じ手紙を書くという行為であっても、「素敵だなと思いました」「思い切ったことをされるなと思いました」というのと「抜きました」というのは、全然違うじゃないですか。私、ブスとかデブとか言われるのはまだいいんですけど、そういう一線を超えたコメントは、YouTubeでも消すようにしているんです。
「そこは超えたらあかんでというラインをみんなで考えて実践しませんか」というのが私の表現活動における裏テーマではあります。