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佐藤賢一『よくわかる一神教 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教から世界史をみる』刊行記念特別寄稿。「一神教のことを調べて」

「神の子」とは神なのか、それとも人なのか

 この預言者ですが、例えばイスラム教の数え方では、全部で二十五人になります。アーダム(アダム)、イドリース、ヌーフ(ノア)、フード、サーリフ、イブラーヒーム(アブラハム)、ルート(ロト)、イスマーイール(イシュマエル)、イスハーク(イサク)、ヤアクーブ(ヤコブ)、ユースフ(ヨセフ)、シュアイブ、アイユーブ(ヨブ)、ズルキフル、ムーサー(モーセ)、ハールーン(アロン)、ダーウード(ダビデ)、スライマーン(ソロモン)、イルヤース、アルヤスウ、ユーヌス(ヨナ)、ザカリーヤー、ヤフヤー(ヨハネ)、イーサー(イエス)、そしてムハンマドです。ユダヤ教が認める預言者は、イエスより前の二十三人です。キリスト教はといえば、イスラム教を始めたムハンマドのことは預言者と認めません。イエス、つまりイエス・キリストはどうかというと、これも預言者とは位置づけません。そうではなくて、イエスは神の子なのです。とはいえ、この「神の子」とは何か。神なのか。それとも人なのか。

 これは神学論争にもなって、イエスを神とするアタナシウス派が正統、人とするアリウス派は異端とされました。一応の決着はつきましたが、なお神学者には悩ましいところでしょう。それは作家も同じです。よくいわれるように、神は小説に書けないからです。神の心は書けない、その内面は描写できないのです。神は悩むことも、苦しむことも、その裏返しに喜ぶことも、楽しむこともないのです。もっとも前提が全知全能の神、つまりは一神教の神なわけで、多神教の神は別です。ギリシャ・ローマの神々が、実に人間的である通りです。

 いずれにせよ、私が小説に書きたいのは一神教の聖典ですから、やはり避けて通れない問題です。実際のところ、神の子イエスは、どうなのか。よすがとなる『新約聖書』を読んでみると、これは神だとしか思われないような言動が随所にあります。ところが、イエスは受肉している、つまりは肉体を持っていますから、人間としての苦しみとも無縁ではない。葛藤や煩悶、あるいは歓喜が読み取れるような場面も、ないわけではないのです。ならば、イエスは小説に書けるのか。いや、神としてふるまわれてしまうかぎり、やはり無理か。結局のところ、イエス・キリストこそ小説化の究極難関だというのが、最大の発見でした。

約3千年の歴史を追うと、一神教の「なぜ」が見えてくる

『よくわかる一神教 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教から世界史をみる』は、西洋歴史小説第一人者・佐藤賢一氏による世界史講義の書。
イスラエルとパレスチナの衝突。世界各地で勃発するテロ。その背景の根深い宗教問題――。同じエルサレムを聖地とするユダヤ教、キリスト教、イスラム教をめぐる約三千年を追いながら、日本人がわかりにくいと思われるポイントを整理し質問形式で世界史を読み解きます。
十字軍、異端、ジャンヌ・ダルク、ガリレオ、カフカ、アンネ・フランク他、関連コラム、図版多数掲載。

歴史の中に、鍵がある――。
書籍『よくわかる一神教 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教から世界史をみる』の詳細はこちらから

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佐藤賢一

1968年山形県鶴岡市生まれ。山形大学教育学部卒業。東北大学大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得満期退学。
1993年『ジャガーになった男』で第6回小説すばる新人賞受賞。99年『王妃の離婚』(集英社)で第121回直木賞受賞。2014年『小説フランス革命』(集英社)で第68回毎日出版文化賞特別賞受賞。2020年『ナポレオン』(集英社)で第24回司馬遼太郎賞受賞。主にヨーロッパ史を題材とした歴史小説を多く手掛けているが、近年は日本、アメリカを舞台とした作品も発表し舞台化されたりなど話題となる。日本語のみならず、フランス語などの外国語文献にもあたり蓄積した膨大な歴史的知識がベースの小説、ノンフィクションともに評価が高い。
著書に下記などがある。
<小説>
『傭兵ピエール』『双頭の鷲』『カルチェ・ラタン』『オクシタニア』『黒い悪魔』『褐色の文豪』『ハンニバル戦争』『ナポレオン』『女信長』『新徴組』『日蓮』『最終飛行』ほか。
<ノンフィクション>
『英仏百年戦争』『カペー朝』『テンプル騎士団』『ドゥ・ゴール』『ブルボン朝』ほか。
<漫画原作>
『傭兵ピエール』『かの名はポンパドール』

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