2021.5.23
「『ハチミツとクローバー』は残酷だから安心できる」。読書猿さんが救われた傑作漫画3選
前回は、ノンフィクション作家の菅野久美子さんが、何かと問題視されてきた“82年生まれ”として、青春時代をともに過ごした2冊の本をご紹介くださいました。
今回は、“正体不明の読書家”として注目を集め、最新著書『独学大全』(ダイヤモンド社)が10刷17万部を超えるベストセラーとなっている、ブロガーで作家の読書猿さんが、落ち込むたびに読み返す漫画3冊をご紹介します。
(構成/「よみタイ」編集部)
「ハチクロ」は善人たちが織りなす悲劇
「読書猿」という名前から読書ばっかりしている人間だと勘違いされがちなのですが、私は自分のことを読書家だとは思っていません。
むしろ昔から本には苦手意識があり、読むスピードや集中力は人並み以下なので、読書“猿”と名乗っています。
いわゆる活字中毒のように何か読まなきゃ落ち着かないというタイプではないし、むしろ本を読まずに済むならそれでいいとすら思っているほどです。
私にとって読書は技術と工夫が必要なものであるからこそ、『独学大全』にはその技法の紹介に多くのページを割いています。
ですから今回、「しんどい時に読む本」というお題をいただいた時、正直最初は「しんどい時に本なんて読まないな」と思ってしまいました。
世の中には、私よりよっぽど本が好きで古今東西の作家にも詳しい方がたくさんいらっしゃるはず……。
でも私、読書家ではないのですが、漫画読みではあるのです。実は小さい頃は漫画家になりたかったほど。
今でも落ち込むたびに読み返している漫画があることを思い出したので、今回はそちらを紹介したいと思います。いつもiPadに入れて持ち歩いて、少なくとも30回以上は読み返している3作です。
まずは、日本漫画界のマスターピース、『ハチミツとクローバー』。
しんどい時、落ち込んだ時に読むものとして、真っ先に思い浮かんだのがこれでした。
実はごく最近も仕事で凡ミスをやらかしてしまい、ものすごく落ち込んで、また読み返したばかりです。
「ハチクロ」は、美大を舞台とした青春ストーリーですが、善人たちが織りなす悲劇の物語でもあります。
登場人物はみな、能力があって、相手を思いやる気持ちがあり、自分のとる行動がどんな結果に繋がるかわかる賢さもある“いいヤツ”。なのに、裏切られたり、失恋したり、揃いも揃って酷い目に遭ってしまいます。
これは、最善の人が最悪な目に遭う、ギリシア神話に通じる世界観で、私にとっては、ドエトフスキー以上に、悲劇の哲学が学べる傑作です。
普通、フィクション作品では、善良な登場人物たちを救ってあげたくなるはずですが、作者の羽海野チカさんはそれを許しません。
彼女が描くフィクションの世界は、ある意味で現実世界よりも残酷なものがあります。
だからこそ、落ち込んでいる時に読みたくなるのです。
“優しい世界”を描く多くの作品では、善良な人たちが報われ、報われない人は一生懸命じゃないヤツ、もしくは悪いヤツだと、相場が決まっています。
だから、落ち込んでいる時、失敗した時にそういう優しい世界に触れると、「自分がダメなんだ……」と余計に落ち込んでしまう。
その点、「ハチクロ」は違います。読む度に「ああ、大丈夫。世界はちゃんと残酷だ」と思うんです。善良でも、才能があっても、怠らず努力を重ねても、それでもうまくいかないことがあるのだと、励まされるのです。