2021.4.25
ノンフィクション作家・菅野久美子さんが選ぶ「90年代、壊れそうな少女だった私に寄り添ってくれた本」
人間の生と性を真っ正面から描いた『ひざまずいて足をお舐め』
山田詠美の『ひざまずいて足をお舐め』も同時期に多大な影響を受けた作品だ。この本は、著者の半自伝小説で、SMクラブやストリップなどの性の現場をあっけらかんと遊泳する女性が見た世界が描かれている。
中でもSMクラブに裁縫用のまち針持参でやってきて、自らの性器に針を刺すことを懇願するマゾの男性のエピソードには度肝を抜かれた。女王様たちの誰もがそんな無理難題にそっぽを向く中、女性オーナーはたった一人見事にその望みに応えたのである。そして、100本以上あったまち針の最後の一本を刺したときに、男性は「おかあさん! 僕のおかあさん!!」と言ったのだ。
私は布団の中でこのシーンを何度も何度も読み返しては、なんともいえぬ異様な興奮を感じ、眠れぬ夜を過ごしたものだ。それも、今となってはいい思い出である。
人間の生と性を真っ正面から描いたこの本は、私にとっての唯一無二の人生の教科書だった。人間って、いったい何なのだろう。多感な時期のその問いは、ノンフィクション作家となった今も、私のライフワークとなっている。
そうやって、私は本から人生の豊かさを学び、地平線のその彼方に広がるこの世界の手触りを知った。繊細で壊れやすい少女時代、時には深く絶望しながらも、まだ見ぬこの世界のどこかに、寄り添ってくれる他者がいることを知った。そして、性の底知れぬ深さと人間の真理を知った。だから、私は「キレる17歳」「酒鬼薔薇」世代の一人として、ギリギリ壊れずに踏みとどまれたのかもしれない。あっち側と、そっち側を隔てるものはきっと薄っぺらい膜のようなものだ。
そして、無力でちっぽけだったあの時代をともに生きた愛すべき作家の本たちは、血となり肉となり、すっかり大人となった今の私の創作活動を支えてくれるかけがえのない存在となって息づいている。