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桜木紫乃×オザワミカ いつか母に忘れられ、やがて子を忘れる母になる――絵本『いつかあなたをわすれても』刊行記念対談

母娘の間にあった“怪しい壺”

オザワ 実は私も、少し前はそうでした。正しい反抗期がわからないまま、大人になってから、親に対して「あの時、ああされた、こうされた」と思い出して。自分が子育てを経験したことで、親のエゴとかに気づいたりしたからかな。それで、母に対して本気で不満をぶつけ、母を恨むだけ恨んで。

桜木 そうだったんですか。

オザワ 自分を肯定するためにも、すごくイヤだったことを1回しっかり理解して、消化しないといけないという想いもありました。となると、やっぱり母とのことを見ない振りはできない。それで、ずっと心の底にしまい込んできた“怪しい壺”を取り出して、ふたを開けてみたら……相当発酵していたんです。

桜木 お互いに発酵していたでしょうね。

オザワ そうなんですよね。でも、発酵していた中身が「これはキュウリだった」なんてだんだんわかってくると、「しかたがないな」という思いも湧いてくる。そうやって中身を確かめたぐらいの頃に、この絵本を描き終わって。この作業を通して、「ああ、私はそろそろお母さんに『ありがとう』って言わないとな」って思えたんですね。

桜木 ということは、私もオザワさんも、この絵本が自分と向き合ういい作業になったのかも。

オザワ すごくなりました、私は。その機会をいただけたのも本当にありがたかったですね。 今、認知症の親御さんの介護をしている方の中には、「私にあんなことをしておきながら、忘れてしまうなんて」っていう怒りの中にいる人もたくさんいらっしゃると思うんですよね。そういう方々に、「忘れていいよ」という視点があることを伝えるのは、すごく大事なことだと思うし、そのツールが絵本であるということも大きかった気がします。

桜木 絵本だったことに意味があったら嬉しいよね。
 私ね、肯定というものができたら、人生のおおかたの仕事は終わりだと思っているんですよ。親を肯定することで、子どもはひとつ上にあがっていき、親が子どもを肯定した時に、親の仕事も上がりなんじゃないかと。できれば親子の間は、こういう連鎖でありたいなあという気持ちがいつもどこかにあるの。できるだけ肯定して、肯定できた自分を喜んで、笑っていたいなって。
 この絵本でそれが伝えられたら、50 半ばの女の仕事としては悪くないんじゃないかなと思ってます。絵本の終わりにある一文「いつかわすれてしまうじかんをたいせつにすごす」。やっぱり私、“今”が大事なんだなと思います。

オザワ ああ、私もです。このお仕事をご一緒させていただけて、本当に良かったです。ありがとうございました。

桜木 私とオザワさんが組んだということも含め、全部必然だったという気がしています。私、まだしばらくは、自分の勘を信じてやっていけそうな気がします。

オザワ 私もそう思います。この絵本に携わって、本当に幸せでした。

桜木 私こそ。本当にありがとうございました。コロナが収束したら、生のオザワさんに会って、いろいろお話ししたい!

オザワ 本当に! その日を楽しみにしています。

「これはたいせつなたいせつなわたしたちのじゅんばん。」いつか忘れてしまう、けれど確かにそこにあった、大切な日々――。娘がやがて母になり、祖母になる循環を描いた絵本『いつかあなたをわすれても』の詳細はこちら

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オザワミカ

愛知県出身。イラストレーター。書籍や雑誌のイラストや演劇の宣伝美術をおもに手がける。人との関わりについて考えることが好き。2010年の漫画家・江口寿史氏との2人展「reply」(リベストギャラリー創/東京吉祥寺)など展示活動多数。
2019年リボーンアートフェスティバル青木俊直展ディレクター。フリーブックレット『BOOKMARK』(金原瑞人氏発行)イラスト・デザイン担当。

桜木紫乃

桜木紫乃(さくらぎ・しの)
1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で「オール讀物」新人賞を受賞。07年に同作を収録した単行本『氷平線』を刊行。13年『ラブレス』で島清恋愛文学賞を受賞。同年、『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞し、ベストセラーとなる。他の著書に『起終点駅 ターミナル』『無垢の領域』『蛇行する月』『裸の華』『緋の河』など。20年『家族じまい』で中央公論文芸賞を受賞。21年3月刊行の、著者初の絵本『いつかあなたをわすれても』も好評を博している。

撮影/露木聡子

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