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陰謀論者はなぜ暗殺を恐れないのか? 私たちが「生活史」の語りから学ぶべきもの

人はつねに物語を語ることで生きている

もうひとつ気になっている「物語」実践があります。自助グループというものです。自助グループでは自分自身の体験(=物語)を仲間の前で語ります。もともとはアルコール依存患者の回復の試みとして始まったものです。ひとつ部屋に集まり、どうして自分がアルコールに溺れてしまったか、そこからどのように抜け出したのかを順番に語っていきます。自助グループへの参加により、アルコール依存からの回復率が上がることは今では広く認められています。人前で自分の話をするだけでなぜか治療効果がある。このことは不思議に思えます。

自助グループにはいいっぱなし、ききっぱなしというルールがあり、どんな話を聞いても、お説教やアドバイスは禁じられています。だからこそ、誰にも否定されることはないと安心して、それまでは打ち明けられなかった自分の人生を語ることができるのです。それを何度も繰り返すうちに、少しずつ中身が変わっていくのですが、それはつまり自分の人生の意味づけを変えていくことです。

アルコールに依存する人は、大抵なんらかの生き辛さを抱えており、その多くは親や家族との関係に由来するものです。しかし自助グループで何度も自分の人生を語り直す中で、徐々にそれまでの意味づけが変わっていきます。それが結局、悲しみや苦しみと折り合いをつけていくことに繋がります。辛い気持ちになったり悲しい気分になると、どうしても酒に手を出さずにいられなかったのが、我慢できるようになっていく。そしてまた、これまで関わり合った過去の大切な人たちと和解したり、諦めをつけたりすることができる。これが自助グループの力です。

生活史にしろ、自助グループにしろ、そこで語られる物語の中心には必ず傷つきやすい生身の「自分」がいます。そこが陰謀論のようなゲームじみたネットの物語と違うところです。むしろネットの物語は、生身の自分が抱えた弱さや辛さと向き合わないために必要とされているのかもしれません。

人はつねに物語を語ることで生きている生き物だというのが最近つくづく感じるところです。そして幸福度を決めるのは自分の人生の「物語」であり、傍目から勝ち組に見えても「不幸」の物語を生きている人もいれば、苦しいことの多い人生でありながらそのことに誇りを持っている人もいる。もちろん人生という「物語」は自由に創作できるわけではありません。長い時間をかけて自分を振り返り、過去を思い返し、ああでもないこうでもないと思いながら、やがて何らかの「納得」に至り、自分の人生に一貫性を見出す。それ以外に自分の人生を愛おしむ方法はないのだろうと思います。

わたし自身かなりのネット依存であり、今日もネットを流れる物語を浴びながら暮らしています。だけどそれだけでは心は満たされない。生身の「自分」が主人公の物語が必要なのです。

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倉数茂

1969年生まれ。大学院修了後、中国大陸の大学で5年間日本文学を教える。帰国後の2011年、第1回ピュアフル小説賞「大賞」を受賞した『黒揚羽の夏』でデビュー。18年に刊行された『名もなき王国』で第39回日本SF大賞、第32回三島由紀夫賞にダブルノミネート。

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