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灼熱のサハラ砂漠1000km走破! 日本唯一のプロアドベンチャーランナーが384時間45分に渡る死闘で得たもの

残り約200キロ、まさか食料がないなんて!

 800キロを過ぎた。

 13日目の23時にチェックポイント40に到着し、ここに置いてあるドロップバッグで自分が準備していた食料をとってひと休みする……はずだった。
 だが、準備していたフルマラソン相当の40キロ分、時間にして約10時間分の僕の食料や荷物がないのだ! まさかの事態と、疲れ切っていたせいもあり頭も働かずパニック状態に陥る。スタッフに聞くも「荷物はそこにあるだけだ」の一点張り。信じがたい事態だったが、ないものはない。砂を掘っても出てくるわけでもない。後戻りすることも、誰かに頼ることもできない。ただただ現実を受け止めるしかなかった。とにかく地面、いや砂上をはってでも、次のポイントへ行くしかない。

 一度、冷静になって考える。リュックにはわずかなお菓子が残っている。チェックポイントでは提供されるパスタとデーツがある。今パスタを食べて寝て、朝またパスタを食べてなるべく体力をつける。翌日に使う体力を考慮し、睡眠時間は計画より1時間多く5時間にする。そして可能な範囲でもらったデーツとお菓子を行動食にする。これで乗り切るしかない。エネルギーは枯渇していたが、本当に命からがらで先へと進んだ。

 40キロ先のチェックポイント42では僕の荷物がふたつあった。前回の分が間違って運ばれていたのだ。スタッフには「ごめんなさい」と謝罪されたが、今さら怒っても仕方がないし、1000キロもあればなんらかの運営トラブルもあるかもしれないと想像していたので、「大丈夫。ここでバッグ2個分補給するよ」と冗談まじりに言った。内心は、本当に無事にたどり着いて良かったという安堵だけだったが。

 残り100キロ。時間にして2日間くらいというところまできて、ようやくゴールをはっきりと意識することができた。
 振り返れば、初めてウルトラマラソンに挑戦したときは、この100キロを走り終えることすらできなかった。アドベンチャーマラソンを始めた時も、最長ステージが70〜80キロあると気が遠くなる思いがした。
 それが今ではあと100キロを「ゴールまでもう少し」と思えるようになっている自分がいる。

 もしも「これまで挑戦を続けてきて失ったものは?」と聞かれれば、僕は迷うことなく「距離感覚」と答えるだろう。100キロがあと少しで、1000キロは自分の足で走る距離になった。つまり、今の僕にとっては「首都圏内や関西圏内の100キロはあと少しの距離」で、「東京〜福岡間、大阪〜青森間の1000キロは走る距離」なのだ。経験とともに距離の感覚が麻痺してきている。だからこそ、人間は面白い。そんな人間の奥底の未知なる感覚を知ることへの興味も、走る理由のひとつになっている。両足の裏にはいくつもマメができたが、ほかの選手たちは皮膚が擦り切れて血だらけになっていると聞く。よくここまで持ちこたえてこれたと思う。

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北田雄夫

きただ・たかお
1984年生まれ、大阪府堺市出身。中学から陸上を始め、近畿大学3年時に4×400メートルリレーで日本選手権3位。
就職後は一度、競技から離れるも「自分の可能性に挑戦したい!」と再び競技を始める。
2014年、30歳からアドベンチャーマラソンに参戦。
17年、日本人として初めて「世界7大陸アドベンチャーマラソン走破」を達成。
現在は「世界4大極地の最高峰レース走破」にチャレンジ中。

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