2026.3.16
回復とは、傷を抱えながら以前と違う自分になってゆくこと【第13回】梅の花が終わり、次第に空気がゆるむころ
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鶏頭は臓腑のやうな紅だつたわれの体から抜かれし臓腑
わたしが被害を受けている間にそばにあったケイトウの花を、わたしは一生涯落ち着いた気持ちで見ることができないだろう。時にはその花を見るだけで、体は硬直し、フラッシュバックに襲われる。わたしはこのことを本に書いたが、その本を読んで大変共感を寄せてくれた方の中にも、おそらくこれほどだとは想像が及ばず、ケイトウが入った花束をわたしにくれた人があった。街でふと見かけてしまったり、このように不用意に日常に入り込んでしまうトラウマの記憶のトリガーとなるものと、わたしは日々闘わざるを得ない。
街を歩いていて、ランドセルを背負った小学生の女の子とすれ違うことがある。その時、「ああ、わたしが被害に遭った年齢の頃の子どもだな」と思ってしまう。こんなに小さいのだ、こんなにまだ子どもだったのだ。そう思わずにはいられない。そして今まさに目の前のこの子どもが被害に遭うのではないかと想像してしまい、呼吸が苦しくなることがある。
四十年も経ってしまい、当時の加害者が誰だったのかはわからず、その加害者に罪を認めさせることも、怒ることももうできない。そのことを考える時、わたしはとてつもなく深い無力感に襲われる。自分は何もできなかった、されるがままになってしまったという絶望に襲われる。


朝起きてお弁当を作る。花瓶の水を取り替える。近所を散歩する。靴下を編む。本を読む。友達と電話でおしゃべりする。手紙を書く。駅前の魚屋さんでおすすめの魚を買って帰る。犬の散歩をし、夕ご飯を作る。
これはみんなわたしが今日したことだ。とても平和なごく普通の一日だ。でもその一日の中には、上に書いたようなことがいつだって、不意に遠慮会釈無く入り込んでくる。
わたしが過ごしているのは、こういう日常だ。人が深い傷を負うということは、その後を生き延びたとしても、残りの時間の全てにおいてこのような現実を生きるということだ。
この原稿を書いている今日、世界では新たな戦争が始まってしまった。新たな場所で、弱い者が深い傷を負わされている。だからわたしは書かずにいられない。
「一度傷ついてしまった者は元に戻ることができないのです。ニュースで報道されなくなっても、その人の傷は永遠に続くのです。回復とはゴールに至ることなのではなく、一生を懸けて生き延びていくことそのものなのです」
そう声を上げ続けることが、わたしの役目なのではないかと思うのだ。
元のネックレスを懐かしく思うことはある。元々のネックレスをずっと持っているように見える人が、たまらなく羨ましいと思うこともある。でも、わたしは今のわたしのネックレスも気に入っている。わたしがわたしの力でパーツを集め、あるいはパーツそのものを新たに作り、一つ一つ自分の手で繋ぎ合わせたネックレスだ。いや、今も作っている最中だと言える。
ガスの火をちひさくともし歌ひをりこの台所でわたしのうたを

あたたかい春の夕方、まだ明かりはつけないでガスの火を小さく灯す。すぽぽぽぽ、と音を立てて静かな青い火がつく。わたしはそこに鉄瓶をかけてお湯を沸かす。ほどなく鉄瓶の口から白い湯気が立ち始め、一杯の湯が沸いた。湯を急須に注ぎ、自分のためにあたたかいお茶を淹れた。ゆっくり飲むお茶は、体の中を温めながら下っていき、わたしの輪郭を確かにしてくれるように感じた。
わたしは無力ではない、わたしには傷を抱えながら生きていく力があると思いながら、わたしは今日もわたしの一日を生きている。わたしの声は小さくとも、たとえわたしが小さな台所から声を上げているだけだとしても、わたしにはわたしの確かな力があるのだと信じている。
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*次回更新は、4月20日(月)です。
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