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回復とは、傷を抱えながら以前と違う自分になってゆくこと【第13回】梅の花が終わり、次第に空気がゆるむころ

歌人の齋藤美衣さんの著作『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』は、自身が内包する「傷」を掘り下げ、その筆力もあいまって話題となりました。続けて刊行された歌集『世界を信じる』も、暮らしの中の一瞬や移ろいを清澄な言葉でとらえ好評です。
日々を過ごすなか、また、過ぎた時間のなかに、惑い途方にくれること、悔恨、屈託、解放されたこと…暮らしの断片と陰影を、歌に込め文に紡ぐ短歌エッセイです。

バナーイラスト/鈴木千佳子 本文写真/著者提供

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花が咲く風がやはらぐこの春がわたしは怖いわたしは憎い

 梅の花が終わると、次第に空気がゆるんでくる。
「あたたかくなりましたね」
「春が来ますね」
「過ごしやすくなりますね」
 そんな挨拶を人と交わしながら、わたしはこの季節になると緊張してくる。

 夏が近づいてくるからだ。
――いや、夏ってまだ春になったばかりじゃないか。そんな先のこと心配したり緊張したりしてどうする、と自分でも思うのだけれど、緊張は心から来るのではない。体の方からやってくるのだ。

かなかなのとほい鳴きごゑ来世からのしるしのやうにほそく降りくる

 四十年前の夏の終わり、九歳のわたしは性暴力被害に遭った。その現場は人通りのない畑の隅で、足元にはケイトウの花が咲いており、遠くにひぐらしの声が聞こえていた。今ではその光景をはっきりと思い出せるのだが、わたしはほんの二年前までこの記憶を自分の中から消し去っていた。いや、実際にはそれを消し去ることはできず、無理やりふたをして過ごしていた。それによって体調の不良が続き、生活は、人生は大きく損なわれていた。
 十代の頃から精神科にアクセスし、さまざまな診断を受け、投薬や入院治療を受けてきた。けれどそのどれもがわたしの根幹にある傷には届かなかった。わたしの内側にあるトラウマに届くことができたのが、四年以上にわたって今現在も受けているカウンセリングによってだった。わたしはカウンセリングによって過去のトラウマに辿り着き、そこから回復への道を歩み出すことができた。

 こう書くと、それは本当に良かった、回復されて何よりですと言われることがある。それは確かにそうで、わたしも以前であったらそんなふうに考えるだろうなと思う。だからこそ、第三者が想像する被害を受けた人の回復が、実際に被害者が体感する回復とは大きく違うことに大きな衝撃を受ける。なぜならわたしは二つの視点を内側に持っているからだ。

 一つが、性暴力被害を受けたことがない者の視点。わたしは四十年近く自身の被害を無かったことにして、全く記憶から抹消して過ごしてきた。その間もニュースなどで性暴力被害について見聞きすることがあった。それはどんなに苦しい出来事だろう、一刻も早く被害者の方が治療に繋がって自分の人生を送れますようにと思っていた。深い傷を受けた人はもちろんそこから回復するのは大変だろうけれど、一日も早く穏やかな平穏な日々を取り戻せますように、そうできるのだろうと思っていた。回復とはそのようなイメージだったからだ。
 もう一つわたしの中にあるのが、性暴力被害の当事者としての視点だ。四十年近く経ってから被害の記憶を取り戻したわたしは、それが以前想像していたものとかなり違うことに驚いた。まず大きく違うと思ったのが、その当時の記憶が、まるで今現在のことのように五感に鋭敏に刻まれたものであったことだ。加害者の手や口が首筋に触れた感触、被害を受けている間に両手をついた木の幹の手触り、遠くから聞こえる車の行き交いの音や蝉やカラスの声、近くに咲いていたケイトウの暑苦しい赤色。フラッシュバックとして蘇るそれらは、過去の記憶とは思えないほどの、臨場感と現実感だった。それは被害の傷を「過去のこと」にすることを許してくれない。

 カウンセリングの力を借りて、わたしは記憶を取り戻し、そして回復の道のりを歩き出した。けれど、それは被害を思い出す以前に想像していた、「被害の前に戻る」こととは本質的に違うと感じる。そしてトラウマの治療というものは、手術で腫瘍を取り除いたり、薬を処方してもらって病気を治すこととは大きく異なる。

夢のなか這ひつくばつて拾ひたりこぼれた真珠のつぶを えいゑん

 ではわたしがたどっている回復の道のりとはどんなものかというと、わたしはネックレスのことを思い出す。

 数ヶ月前のことだ。長めのネックレスをつけていて、ふとした拍子にドアノブに引っ掛けて壊してしまった。小さなパールや金の粒が連なったネックレスの糸が切れてしまって、床にパーツが落ちて広がった。わたしはそれを拾い集めて袋に入れ、買ったお店に修理に出した。三ヶ月後、修理を終えたネックレスはすっかり元に戻ってわたしの手元に帰ってきた。
 以前のわたしは、回復とはこのネックレスの修理のようなものだと考えていた。病院へ行けば、カウンセリングを受ければ、治療者がわたしの壊れたネックレスを直してくれるのだと想像していた。わたしはそばで修理を待っていればいいのだと思っていた。でも実際は全く違った。わたしは自分でこぼれ落ちたパーツを一つ一つかき集め、それを繋ぎ合わせて新しく違うものを作り直さなければならなかった。治療者はそれをそばで見守ってはくれたが、修理などしてくれず、「あ、あそこにもパーツが落ちているみたいですよ」と時折言ってくれる役割なのだった。

 先日、SNSにこんな投稿をした。
「回復とは、トラウマに遭う前の自分に戻ることではなく、傷を抱えながら以前と違う新しい自分になってゆくことです。 元の自分にはもう戻れないのです。生涯。 わたしも以前はそこに充分に想像が及びませんでした。 あらゆる暴力、加害は、それが一生涯を歪めるのだとみなが認知してほしいと思います」
 なんとか繋いで新しく作り直したネックレスが思ったものと違うとか、以前のものをわたしは取り戻したいのだ、としばしば思う。けれど、それは決して叶わないのだ。わたしは仕方がない、回復とはそういうものだと自分に言い聞かせながらも、いつでもそんなふうに思えるわけではない。

 わたしは今元気で、平静に見え、一見普通の人と同じようで、元のわたしを取り戻したように見えているかもしれない。けれども、被害を受ける前に戻ることはできない。
 被害を受けた季節である夏が近づいてくると、わたしは大変な不安を感じる。二月や三月からそうなのだ。そしてもっと夏が近づき、とうとう夏になる。夏の間じゅうわたしは不安を持ってじりじりと時間を過ごす。ようやく夏が終わり、暑さがすっかり消える頃、一年で最もほっとする冬になる。わたしの一年の時間は、被害の出来事を中心に回っている。

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新刊紹介

齋藤美衣

1976年広島県生まれ。急性骨髄性白血病で入院中の14歳の時に読んだ、俵万智の『サラダ記念日』がきっかけとなり短歌を作り始める。著書に、『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』(2024年/医学書院)、第一歌集『世界を信じる』(2024年/典々堂)がある。

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