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南和行「離婚さんいらっしゃい」

私は強い男を求める(下)

夫は「面倒なこと」を探ってきた

弁護士がハニ子に連絡をしてきたのは、
ハニ子の目の前で夫に電話をした、
翌週だった。

「いい知らせですよ」

とハニ子の弁護士は言った。

「旦那さんは離婚することは、
 しょうがないと思っているみたいでした」

ハニ子の弁護士が言うには、
夫は、弁護士が電話で最後に言ったこと、

「ハニ子さんも、旦那さんも、
 面倒なことになってもいいなら、
 というのが弁護士としてのアドバイスですね」

その「面倒なこと」について、
聞いてきたというのだ。

夫は弁護士に、
「面倒なことっていうのは、
 うちの会社の内部のことですか?」
と言ったらしい。

ハニ子の弁護士は、
「同じ職場同士で調停とか訴訟は、
 面倒なことになるじゃないですか」
とだけ答えたそうだ。

夫はこの間、何かしらの探りを入れて、
誰かからハニ子と上司の関係についての噂を、
耳に入れたのだろう。

しかし、ハニ子と上司の不倫関係は、
この場面では、
夫にとっては強いプレッシャーにしかならない。

ハニ子の夫は、
真実を目の当たりにするほどに、
自分には選択権がないことを知ることになる。

ハニ子の夫は真実を知ることこそが、
自分の首を絞めることになると感じつつ、
弁護士が言った「面倒なこと」について、
探りを入れてきたのだ。

弁護士の考えた離婚の条件

弁護士はハニ子に、
こちらからの離婚条件を早いうちに、
夫に提案しようと言った。

ハニ子もそれには同意見だった。

ハニ子と上司が不倫関係にあるとの噂を知り、
被害者であるにもかかわらず、
追い詰められた心境になっているのは夫のほうだ。

そこで夫には、
「助け船」のように見える好条件を提示すれば、
すぐに飛びついてくるだろうというのが、
ハニ子の算段だった。

「夫には、今すぐ離婚してくれるなら、
 養育費はゼロでいいと言って!」
とハニ子は弁護士に言った。

ところが弁護士がハニ子に示した、
こちらが提案する離婚の条件は、
ハニ子の考えとは真逆だった。

1 ハニ子を親権者として離婚する
2 夫はハニ子に毎月8万円の養育費を支払う
3 夫は子供の入学年の4月には養育費とは別に12万円を祝い金で支払う
4 ハニ子は、夫に慰謝料100万円を支払う
5 財産分与は特にせずそれぞれの自分の名義の財産を取得する
6 離婚の条件については職場などで第三者には互いに口外しない

ハニ子は絶句を通り越して、
弁護士を問いただした。

「なぜ、私が慰謝料100万円を夫に支払うの!?」

【ハニ子と弁護士】

(弁護士)
いわゆる離婚慰謝料は、
離婚という人生のマイナスイベントについて、
それを起こした責任があるほうが、
責任がないほうに支払うものですよ。

(ハニ子)
知ってるわ。
だけど、それをこちらが言うのは、
私が「悪い」と認めることになるじゃない。

(弁護士)
でも、真実として、
離婚の原因はあなたの不倫にあって、
もし旦那さんがあなたや上司に、
慰謝料請求の裁判をしたら、
100万円を超える判決になる可能性もある。

(ハニ子)
だけど、今、夫は、
私と上司の不倫を完全には知っていない。

(弁護士)
だから、こちらは条件として、
慰謝料という名目をえて出す。
旦那さんは、この提案を見て、
「慰謝料ってなんの慰謝料ですか?」
って聞いてくると思う?

(ハニ子)
聞いてきたら、泥沼よね。

(弁護士)
今回のハニ子さんの特殊な状況は、
泥沼になっても誰も得しないよね?

(ハニ子)
養育費は?

(弁護士)
養育費は子供さんが大きくなったら、
実のお父さんもちゃんとお金をくれていたって、
わかるときがくるでしょう。
払える人に払わすのは、
離婚とは全く別の問題だから。

(ハニ子)
でも、私は、養育費は別になくても……

(弁護士)
自分の離婚したい気持ちのために、
養育費をいらないっていうのは、
子供から父親を奪って、
自分のエゴを取るのと同じだよ。

(ハニ子)
弁護士は弁護士らしいこと言うね。

(弁護士)
それに慰謝料の100万円も、
けっきょく返ってくることになるでしょう?

(ハニ子)
でも、ますます慰謝料が、
形だけ私が悪かったって認めるみたいじゃない。

(弁護士)
旦那さんは、自分より仕事ができる妻、
自分より力のある上司、
そこに対する引け目をすごく感じているよ。
形だけでも、
旦那さんには負い目がないことを、
旦那さんの顔を立ててあげてもいいんじゃないかな。

(ハニ子)
勝てるところはどこまでも勝つっていうのは、
私が検察官だから、
そう思ってしまうのかも。

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南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程卒業後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に同性愛者であることを公言する同性カップルの弁護士による弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』が話題。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・吉田昌史のTwitter
https://twitter.com/yossy_nan

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