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南和行「離婚さんいらっしゃい」
離婚をめぐるたくさんの悩みやさまざまな葛藤。そこには、夫婦、家族の数だけドラマがある。夫婦関係で悩んでいる人たちが、自分の人生を取り戻せるヒントが得られることを願って……大阪で弁護士として働く著者が架空でつづる離婚をめぐるセミノンフィクション。

第6回 私は夫を求めたいから(下)

【これまでの話】

できちゃった結婚をしたカジ子は、
離婚してシングルマザーになった。

そんなカジ子は
「子供がいるほうが安心して付き合える」
と言われたことから、今の夫と再婚した。

家族となって幸せな生活を送っていたが、
夫はカジ子がセックスを求めてもそれを拒んだ。

カジ子は、かたくなにセックスを拒否する夫に、
「なぜ結婚したの?」という気持ちだった。

しかしカジ子は、
自分が相談した弁護士から、
「セックスするために結婚したのですか?」
と問われ、

セックスのために結婚したとも言えず、
自分の気持ちの行き場のなさだけを感じた。

【カジ子の場合】

夫はゲイなのか?

テーマパークの家族旅行での一件から、
カジ子はますます夫とのセックスレスを、
強く意識するようになった。

夫がゲイなのではないかと疑い、
夫の留守に夫の手帳やカバンの中をあさり、
痕跡を見つけようともした。

でも、夫がゲイであるような手がかりはなかった。

女であるカジ子とセックスをしたがらないからといって、
ゲイだと思い込むのは、
短絡的かもしれないが、

カジ子としては、
なぜ夫が頑なにセックスを拒否するのか、
その理由を知りたかった。

夫が興味を示すかどうか、
カマをかけてみよかと、

ゲイの切ないラブストーリーと、
男同士のベッドシーンがある映画を、
わざわざレンタルして、
娘が寝てから夫を誘って見てみた。

夫は、一緒に見てはくれたが、
「カジ子は、こんな人権派の映画が好きなの?」
と言っただけだった。

カジ子も、夫はゲイではないと思った。

前夫との再会

カジ子は、誰かに相談したいと思った。

女友達でも話せることだったが、
なぜかカジ子は前夫に
「相談したいことがある」
とLINEをした。

前夫とは、何ヶ月かに1回、
娘を会わせるときに連絡をとっていたから、
連絡することも、不自然ではなかった。

前夫に、今の夫とのセックスレスを話すと、
前夫は「単にセックスが苦手なんじゃないか」
と言った。

前夫の会社には、
「童貞のまま、子どもだけはほしいと言ってる後輩」
がいるとのことだった。

カジ子が「彼女の立場はどうなるの?」と、
気持ちが重なり強く迫ったら、

「だから彼女いないよ」
「童貞のまま子どもの父親になれないじゃん」

と真顔で言われた。

カジ子の今の夫は、付き合っているときに
カジ子と数えるほどセックスをしただけだ。
そのまま再婚した夫は
「童貞のまま子どもの父親になった」
のとさほど変わらないのではないか。

前夫との離婚は後悔していない

前夫とは、土曜日の明るい時間に、
喫茶店で会った。

なのに、別れ際、前夫はカジ子をホテルに誘い、
カジ子も断らず、ホテルに行った。

前夫とのセックスは懐かしく、
カジ子自身、自分が身体の満足を、
強く欲していたことも実感した。

でも、だからといって、
カジ子は前夫と離婚しなければ……
とはまったく思わなかった。

前夫は、娘の実の父親なのに、
前夫とカジ子と娘が、
家族として一緒に幸せに暮らす光景は、
まったく心に描けなかった。

単にセックスが合う相手だということを、
確認しただけだった。

前夫もそれは同じだったのだろう。

次の日の日曜日、前夫からLINEがきて、
今、付き合っている彼女から、
カジ子との関係を疑われたから、
これからは娘のIDから連絡してほしい、と言われた。

夫が被害者なのかもしれない

前夫とセックスした日、
少し上気して帰ったカジ子に、
夫は「楽しいことでもあったの?」と、
聞いてきた。

カジ子は、一瞬「バレたか?」と焦り、
取り繕うように、
「駅前でテレビのロケをしていて芸能人を見た」
という嘘をついた。

あまりに下手な嘘だとカジ子は思ったが、
夫は
「最近、機嫌悪そうだったから、
いいことあってよかったね」
と笑ってくれた。

夫はカジ子が誰かとセックスをしたことなど、
何も疑う様子がなかった。

しかし夫は、
カジ子が、ここのところ不穏であることは、
しっかり観察していて、
そしてその不穏が解消されたことも、
すぐに察知していたのだ。

そして夫はカジ子が夕食の用意をしている間に、
スポーツ教室まで娘を迎えるために出かけていった。

セックスレスを理由に夫を裏切っているのは、
自分のほうなのではないか。

カジ子は、自分がセックスレスを理由に、
好き放題をして、夫を踏みつけているような、
そんな罪悪感にまでさいなまれた。

【弁護士からカジ子へ】

離婚したいのですか?

この前は、夫がセックスを拒否することについて、
「なんのために結婚したの?」
とカジ子さんのほうが夫を責める気持ちでした。

セックスするために結婚したのではないと、
わかっていても、身体が納得できないという様子でした。

でもカジ子さんも、夫以外の男とセックスをしたら、
今度は、罪悪感に苛まれているのですね。

その罪悪感は、いったい何の罪悪感なのでしょう。

不貞行為、いわゆる不倫をしたことについての、
漠然とした罪悪感なのかもしれません。

たしかに不貞行為は、
民法770条1項1号で裁判離婚の理由として挙げられています。

カジ子さんが前夫とセックスしたことが、
夫の知るところとなったとして、
夫から離婚裁判を起こされたのなら、
カジ子さんが拒んでも離婚が認められる可能性があります。

でも、現実に、夫はそれを知らないですし、
そもそも、カジ子さんの夫は離婚を望むでしょうか。

けっきょく、カジ子さんのセックスレスの不満も、
不倫の罪悪感も、法律では割り切れない部分のようですね。

結婚という法律の制度や枠組みと、
セックスという人間の本質的な営みを、
無理に結びつけて考える必要はないのではないでしょうか。

民法770条1項1号が、
不貞行為を裁判離婚の原因と挙げているほかは、
セックスと結婚について結びつけている法律は、
ザッと見渡してもなさそうです。

カジ子さんと前夫とのセックスも、
それを理由に夫が離婚を求めてくるかどうか、
そのくらいの意味しか今のところはなさそうですよ。

【カジ子のその後】

罪悪感からの告白

カジ子は、自分の罪悪感に堪えかねて、
前夫とセックスしてしまったことを夫に告白した。

夫とのセックスレスに不満があったこと、
カジ子は今の生活を手放したくないが、
離婚となるならしょうがないと思っていること、

自分でも厚かましいと思ったが、
思っていることを全部、夫に話した。

いや、これは罪悪感に堪えかねてではなく、
そうすれば夫がセックスに向き合ってくれるのでは、
という期待もあった。

夫は何も言わなかった。
ただ夫は落ち込んだようだった。

「やっぱりセックスができないと男じゃないのかな」

と言って、

「カジ子は、僕と離婚したいの?」

と聞かれた。

「セックスが苦手な僕とは結婚はもう続けられないの?」

と夫に言われて、カジ子は、ただ泣いた。
申し訳なくて泣いた。

「今は、まだ結婚を続けたい。この家族で暮らしたい」

とカジ子は嗚咽おえつしながら話した。

カジ子だって、セックスレスのまま、
結婚生活をずっと続けられる自信があるとも言えなかった。

でも、次に堪えられなくなったときは、
女友達でもなく、前夫でもなく、
今、目の前にいる夫にそのことを相談しようと思った。

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南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程卒業後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に同性愛者であることを公言する同性カップルの弁護士による弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』が話題。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・吉田昌史のTwitter
https://twitter.com/yossy_nan

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