2018.11.23
第4回 この家では子供は作れない――合理的な結婚の行方は(下)
【弁護士からサイ子へ】
これほどまでに長期間の別居となっていれば、協議離婚が整わず、家庭裁判所での離婚調停の話し合いも不調となったとしても、裁判離婚により離婚が認められるでしょう。相当の長期間の別居は、民法770条1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するとして、判決での離婚を認めるのが裁判実務の運用です。
何年以上の別居期間があれば裁判離婚が認められるかということについて、ネットなんかではいろんな数字がまことしやかに飛び交っていますが、「何年以上の別居期間があれば裁判離婚が認められる」と簡単に言えるような基準はありません。強いて言えば裁判所が、「婚姻関係の修復が不可能と認める程度」というのが基準になります。
ただサイ子さんのように、お互いになにもしないまま放置した別居の場合、協議離婚をしようと思っても、離婚届を送るために連絡を取り合うとか所在を捜すとか、そういった相手へのアクセスの作業そのものが面倒くさくて、ますます放置してしまうこともあります。家庭裁判所に調停を申し立てるというのも、なんだか大ごとのような気がして。あるいは、調停や裁判で「別居したまま放置していただけです」というようなことを、言っても怒られないだろうかとか、そんなことを気にする人もいます。
そして、サイ子さんのように、自分一人の生活がしっかり固まってしまうと、別に今さら離婚できていないデメリットもありません。離婚できていない一番のデメリットは再婚できないことですが、サイ子さんは、新しい相手がいる様子でもありません。前回のミミ子さんのように若い女性で、離婚が成立する前に、新しい相手との間に子供を授かってしまうと、民法772条により子供の父親が戸籍上の夫になってしまうがために出生届を出せないという大きなデメリットがありますが、サイ子さんはそれもなさそうです。
ここは面倒くさい気持ちをなんとか振り払って、スッキリするという気持ちの問題だけですが、まずは御自身で「離婚届を提出したいので、離婚届にサインしてください」という手紙と離婚届を送ってみてはどうでしょうか。
【サイ子のその後】
サイ子は、夫に手紙と離婚届を送った。夫の住所を今さら新しく調べることはしなかったが、夫は今も実家に住んでいるだろうことをサイ子自身は何も疑わなかった。手紙には、長く連絡をしていなかったことの簡単な謝罪と、特に理由はないがそろそろ戸籍を別にしておいてもいいんじゃないかと思うということを書き、役所でもらった離婚届を送った。サイ子の今の住所も特に隠さなかった。
ところが夫からはサインをしていない離婚届だけが送り返されてきた。手紙は受け取ったようだが、夫からの返信は添えられていなかった。しかも夫は離婚届を、母が一人で暮らしているサイ子の田舎の実家に送ってきた。しかも封筒の宛名には、もう亡くなっている父の名前が書いてあった。夫には父が死んだことも知らせていないから、悪意はなかったとは思う。
サイ子は、ここまで来たらと、有休を使って家庭裁判所に行き、離婚調停を申し立てた。家庭裁判所は平日昼間しかやっていないから、離婚調停を起こして長引けば長引くほど、面倒も多い。弁護士は頼まなかった。弁護士に頼むほどのたいそうな離婚だとは思わなかったからだ。
第1回の調停期日には夫も出頭し、あっさり離婚は成立した。離婚成立の内容を裁判官が読み上げるときに、夫と同席した。夫は調停委員に対して「サイ子が両親に謝罪をすると述べたら離婚を受け容れる」と言ったそうだ。夫はサイ子が夫の姓を使い続けることにも難色を示したらしいが、調停委員は夫をたしなめたと言っていた。サイ子は「夫の両親に謝罪の気持ちでいっぱいだから離婚を成立させてほしい」と調停委員に伝え、夫は離婚に応じた。結婚のときと同じように何の感慨もなかった。サイ子はただ人生における合理的な選択として離婚をした。
(上)に戻る