よみタイ

甘い味付けを好む県、私的ナンバーワンは、瀬戸内海のあの県

博覧強記の料理人、美味の迷宮を東奔西走す!
日本の「おいしさ」の地域差に迫る連載。

前回からは和食の味付け、なかでも「甘み」について考えていきます。

和食あまから問答②料理の甘さの地域性

 この連載では、これまでいくつかトピックを、僕が子供時代を過ごした鹿児島を起点にして語ってきました。今回もそのパターンで行きます。
 イナダ家の親戚筋は、食に対して妙に熱心な人が多く、親戚が集う宴会では食べ物や食文化に関する議論が度々話題となりました。その中で今でもよく憶えているのは「鹿児島は料理が甘いとよく言われるが、実際はそうでもない」という論です。鹿児島の人が鹿児島の味を語るわけですから、全くもって客観性はありません。しかも食文化のかなりの部分を共有している親族同士の与太話なので、こんなところでわざわざ披露するような話でもないかもしれないのですが、後々僕もなるほどと納得したところもあるので、あえて書いておきます。
 親戚のおっちゃんら曰く、甘いのはあくまで外食の一部に過ぎない、とのことでした。ただし「薩摩料理」を謳う、観光客も訪れるような店は、そりゃあもう信じられないくらい甘い、というのにも皆がウンウンと賛同していました。(これはあくまで40年以上前の話ですので、おそらく今の薩摩料理店にそのまま当てはまる話ではないと思われます)
 おっちゃんらの論はさらに続きます。薩摩料理店で出されるような料理は、あくまで中央から来た役人をもてなすための料理がベースになっちょっとよ、と言うのです。つまり、かつて砂糖がまだ高価だった時代は、それをふんだんに使うことこそもてなしであり、同時に薩摩の文化的豊かさをアピールするための手段でもあった、と。
 ……どうも我が血筋は、口先でもっともらしいことを語る能力に長けているようです。幸い、(僕が知る限り)プロの詐欺師は一人も輩出していないようですが、そんな血筋を引く僕が言うことも、読者の皆様はあまり真に受け過ぎないようにしてください。とまれ科学は疑うことから始まります。おっちゃんらの論には、なかなかの説得力があります。しかしちょっとした矛盾もはらんでいるように思います。矛盾の発見は科学の要諦です。
 甘い料理が「最上級のもてなし」で、文化的豊穣をも示唆するのであれば、それはそこに実質的な価値が見出されていたということになります。つまり民衆だって甘い料理が好きで食べたかったけど、貧乏だったから諦めざるを得なかっただけである、という解釈も可能です。

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 鹿児島の食べ物が甘い、という通説を肯定する側の論としては、こんなのもあります。江戸時代、奄美諸島や琉球で産出される砂糖は、薩摩藩にとって重要な換金商品でした。庶民から見れば、目の前を大量の贅沢品が素通りしていくわけです。それは人々の砂糖に対する憧れを否が応でもかきたて続け、倒幕後砂糖が庶民の手にも入りやすい物になった瞬間、その憧れが爆発した、という説。
 こちらはこちらで、うっすらトンデモの匂いがしなくもないですが、輸入砂糖の流通の拠点となった長崎もまた甘い味を特別に好むと言われていますから、物流の集積地でそれが広まるということはきっとあったのでしょう。長崎には、料理に甘みが足らないことを「長崎の遠か」と揶揄的に表現する方言があります。
 鹿児島や長崎をはじめ九州全域の味が甘めなのは、その方が焼酎によく合うから、という説もあります。つまり糖分を含まない蒸留酒である焼酎は甘い肴と相性が良く、糖分がふんだんに含まれる醸造酒である日本酒がよく飲まれる地域では甘くなく塩気の強い肴が求められる、ということです。これも実に説得力ありげですが、全国の各地域の酒文化を細かく見ていくと、必ずしもそれが当てはまらないことも少なくないように思います。
 僕の酒飲みとしての実感からもまた、この説には賛同しかねるのですが、あくまで僕個人の飲酒スタイルの話かもしれませんので、この話はこのくらいにしておこうと思います。

イラスト:森優
イラスト:森優

 いくつかの説を否定も肯定もせずに並べてきましたが、これらはたぶんどれも、あくまで限定的には真実なのではないかとも思っています。おそらく確かなのは、九州をはじめとする西日本は甘めの傾向があるということ。さらに海沿いと内陸部の差もあるかもしれません。海沿いの方が甘い印象はあります。
 そして、ここで親戚のおっちゃんたちの名誉回復も兼ねて付け加えるなら、地域の家庭に根ざした味と外食の味では、実は結構な差がある、ということです。名古屋の人々が毎日名古屋めし的な濃厚な味ばかりを食べているわけではない、という話は前にもしましたね。旅行で訪れた地では、食事は基本的に外食のみです。そしてその地域の人々にとって外食がどの程度日常的なのかも違います。外食の印象だけでその土地の食文化を推し量るのは、実はなかなか難しいことなのかもしれません。

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)、『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)、『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)、『ミニマル料理「和」』(柴田書店)など。
最新刊は『食の本 ある料理人の読書録』(集英社)、『ベジ道楽』(西東社)。

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