よみタイ

「昔ながらの中華そば」がとんこつラーメンだったなら

 僕が初めてナルトという食べ物を食べたのは、ラーメンではなくつけ麺でした。後に「またおま系」と呼ばれることになるタイプのつけ麺のつけ汁の上に、百円玉くらいの小さなナルトがのっており、その上には魚粉がこんもりのせられていました。
 僕はそれを見てちょっと感動したのを覚えています。ナルトののったラーメンこそが原風景というルールは既に知識としてありました。極限まで濃厚な魚介とんこつという当時の最新スタイルであったそのつけ麺において、小さなナルトは(魚粉の台という姿に身をやつしてはいても)「我こそはラーメン文化の正当な継承者也」という、誇り高き宣言に思えたのです。
 東京、というか正確には横浜のラーメンですが、僕が最初にハマった関東のラーメンは「家系」でした。家系には、チャーシューとメンマだけでなく、ほうれん草と海苔ものっています。これは「懐かしの中華そば」とほぼ同じ布陣で、ナルトこそのっていませんが、味玉は追加することができます。僕はそれに気付いた時もちょっと感動しました。これもまた、家系が正史を受け継ぐことの宣言だと思います。
 僕の好きな貝だしラーメンもそうですが、おしゃれ系淡麗ラーメンの世界では、むしろ逆に原風景からの離脱が試みられている印象です。しかし僕はそこに別の懐かしさも感じます。その懐かしさとは、平成中期に流行した「和風創作居酒屋」のそれです。
 そういう店のラーメンのトッピングというか飾りとしてよく、生の水菜と糸唐辛子がのっています。店主が作務衣を着ていたり、静かにジャズが流れて瓶ビールがハートランドだったりすると、ますますその世界観は、あの時代の和風創作居酒屋そのものです。担い手の世代的に、彼らが若かりし頃の「おしゃれな和食屋さん」のイメージがまさにそこにあるのでしょうか。決して割烹の日本料理のイメージではないのが興味深いところです。

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 このように、ラーメンが受け継いできた文化、新たに取り入れた文化の話をし始めるとキリがありません。僕もここまで、これでもずいぶんと端折りました。
 そしてラーメンは、その進化の中で失われたものがあまり無い印象もあります。前回僕はラーメンの多様性は制限付きの多様性だと書きました。だから確かにラーメンルールに則らないラーメンが新たに現れるのは難しいかもしれません。ただ一方で、かつてから存在している現ルール外のラーメンも、それはそれでしっかり生き残っている。〔こむらさき〕しかり、竹岡式しかり、もちろんナルトののった懐かしの中華そばしかりです。
 ラーメンの世界は、新しさへの挑戦とノスタルジーが、ちょうどいいバランスで成り立っているジャンルだと感じます。そしてそれは、作り手の先人に対するリスペクトが強靭だからこそそうなっているのではないでしょうか。そしてその構造は、ラーメンを愛するラーメンマニアがいつしか作り手側に回るという、当たり前のようで案外尊いサイクルによって成り立っているように見えます。そしてそれを積極的に受け止めんとする、食べる側のマニアもいる。
 このシリーズの冒頭で僕は、マニアのことを凄いと尊敬している、と書きましたが、そこにはそういう意味も含まれているのです。彼らが支えるその世界を、非マニアである僕も、これからも存分に楽しませてもらおうと思っています。

イラスト:森優
イラスト:森優

次回は3/15(土)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)、『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)など。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)、『ミニマル料理「和」』(柴田書店)。

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