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「客になんちゅうもん食わせるんや!」絶賛と全否定に分かれる〝とんこつラーメン〟

 関西から次に移り住んだのは、名古屋でした。社会人になった後、1990年代のことです。その後主な仕事場となった岐阜も含めて、この地域には当時、僕のとんこつ遺伝子を震わせるラーメンはごく少なく、僕はそこでおいしいラーメンに出会うことは半ば諦めていました。
 ただ幸いなことに、名古屋であれば博多ラーメンの専門店は数少ないながらも存在し、僕はほぼそこにしか行きませんでした。しかし仕事で多くの時間を過ごしていた岐阜には、それすらありませんでした。たまに「とんこつラーメン」がメニューにあっても、それは業務用パイタンスープがベースとなったもの。あれは原材料だけ見るととんこつ成分らしきものもちゃんと使われているようですが、なぜなのかとんこつ遺伝子は1ミリも震えません。

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 ある時夜の街の一角に、あきらかにそんな業務用パイタンがベースの「とんこつラーメン専門店」ができました。僕は一度だけ行って憤慨して帰ってきたのですが、後に尊敬するある先輩シェフがそれをうまいうまいと絶賛していたという話を聞き、なんだか幻滅してしまったのを覚えています。若者ってピュアですね。
 そんな岐阜に、ある時ついに博多ラーメンの店ができました。店主は名古屋のそういう店同様、本場の出身者です。場所が少し遠かったので開店を聞きつけてから実際行くまで少し間があったのですが、初めて行った時は感激し、これは遠くても今後はマメに通うしかないと決意しました。
 僕は興奮冷めやらぬまま当時働いていた店に戻り、同僚たちに、それがいかに本場そのものの素晴らしいおいしさであったかを熱弁しました。しかしその時のあるひとりの後輩の反応は、あまりにも意外なものでした。彼はその中で唯一、その店に行ったことのある人物だったのですが、その彼は言うのです。
「イナダさん正気ですか? 僕の友人たちの間じゃみんな、あそこはマズいマズいって逆に大評判ですよ。僕が行った時も全員残して帰っちゃいました」
 しかも釘を刺すようにこんなことまで付け加えます。
「それあんまりよそで言わない方がいいですよ。店の評判にもかかわります」
 彼は岐阜の高山出身で、そこのご当地ラーメンである高山ラーメンへの愛が一際強かったが故に、その博多ラーメンがどうしても許し難かったというのもあったのかもしれません。高山ラーメンは澄んだ醤油スープにちぢれの強い細麺、東京の醤油ラーメンとはまた少し違いますが、そのDNAを強く受け継いでいる印象です。何もかもが博多とんこつとは逆と言ってもいいでしょう。

イラスト:森優
イラスト:森優

 どうも当時岐阜では(リアルな)とんこつ系はだいぶ旗色が悪かったようです。僕はそれを象徴するかのような珍場面に遭遇したことがあります。
 岐阜市郊外のロードサイドに、ある時チェーン店の〔Y〕ができました。僕は岐阜では極めて貴重なとんこつ遺伝子を震わせてくれる店としてたまに利用していました。
 ある時、少し離れたカウンター席から、怒鳴り声が聞こえてきました。
「お前、客になんちゅうもん食わせるんや! お前自分でコレ食うたことあるんか? 食えるもんなら食うてみいや。マズくて一口も食えんぞ。ここにあるだけで臭すぎて吐くわ」
 彼はほぼ手付かずのラーメンを残したまま立ち上がり、
「店中が臭いわ。動物園かここは」
と、無茶苦茶な捨て台詞を残して去っていきました。
 チェーン店でマニュアル通りラーメンを作ってそこまで言われるのは災難以外の何物でもありませんが、岐阜人のラーメンに対する好みを既によく理解していた僕としては、その輩が受けたショックそのものはわからないでもありませんでした。

 そんな事件からも20年以上が経ち、今では岐阜駅前の一等地にも博多ラーメンの店があり、件のYもいつも普通にお客さんが入っているようです。今でも全ての岐阜人がとんこつを受け入れているわけでもないのかもしれませんが、少なくとも今のような状況になるまでには、各所でこういった悲喜交々の衝突が繰り返されてきたのかもしれません。
 もっと言えば日本各地でこの種の文化的衝突は起こり続けていたことでしょう。それが今では良くも悪くも全国が概ね「平定」された、というのが、地方から見たラーメンの現代史とも言えるのではないでしょうか。

次回は2/1(土)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)。

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