よみタイ

寿司か鰻かラーメンか……鹿児島におけるラーメンは「ご馳走」だった

 鹿児島のラーメンには、もうひとつの特徴がありました。それは「値段が高い」ということです。子供の僕はもちろんよその土地の相場なんて知らないわけですが、そのことは大人たちから度々聞かされたものでした。福岡の3倍はする、と言う父親の語る蘊蓄うんちくをそのまま引用するならば、「鹿児島のラーメンは黒豚で、しかも骨より肉中心でダシをとるから高いんだ」とのことでした。今になって思えばやや眉唾のような気もしなくはありませんが、いずれにせよ鹿児島では、ラーメンというのは贅沢に作られる食べ物であり、高くて然るべきであるという共通認識があったことは間違いないようです。
 これはあくまで40年以上昔の話ではありますが、当時の鹿児島では、例えば来客があってちょっといい店屋物を出前でとる、みたいな時は、寿司か鰻かラーメンか、という三択でした。当時まだ鰻は今ほど貴重じゃなく、鹿児島は産地なので殊に安かったということもあったでしょうが、今となってはその三つが並列に並ぶのは信じがたい価値観です。

イラスト:森優
イラスト:森優

 ちなみにこの三択ネタは、京都での学生時代、僕の鉄板ネタでした。別にホラでも何でもない事実をありのままに語るだけで、その話はおおいにウケたものです。特に関西人は「なわけないやろ」と一斉にツッコんでくれました。ホラだと思われていたようです。僕も調子に乗って、ムキになったテイで「ホンマやて」と更なるツッコミを誘うことに余念がありませんでした。
 松本零士『銀河鉄道999』では、未来の世界においてラーメンがステーキと並ぶ貴重な幻の食べ物として扱われます。これはもちろんディストピア的なブラックユーモアとしてそう描かれているわけですが、小学生当時の僕は、それがユーモアであることにすら気付いていませんでした。ステーキとラーメンが肩を並べるのは、特別不思議なことでもなかったからです。対して同じく松本零士の『男おいどん』では、ラーメンライスが貧乏の象徴として描かれています。こっちは東京のリアルだったのでしょう。少なくともその頃の東京におけるラーメンの位置付けと鹿児島におけるそれは、完全に異なるものだったはずです。

次回は2025年1/4(土)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)。

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