2024.11.2
「名古屋の長崎ちゃんぽん」から考える……そのローカルフードは「かつての正統派」の末裔かも!?
ある時僕はたまたま、酒場で一人の老紳士と隣り合わせました。その方は70代の長崎出身の男性でした。その店のすぐ近くにTの支店があったこともあり、なんとなくその話になったのですが、紳士はその時はっきりとこう言っていました。
「あれこそが昔ながらの長崎のちゃんぽんですよ。今じゃ地元でもなかなか出会えない」
もちろんそれはその方ひとりの、サンプル数n=1的な見解であり、所詮はただの酒場トークです。しかしその時聞いた「昔のちゃんぽん」にまつわる思い出の数々は、生々しいまでに鮮やかで説得力がありました。
「そもそもちゃんぽんなんて、名物と言われるような大層なもんじゃなかったとですよ。いかに安くて腹いっぱいになるか、みたいな物。焼きそばの方がまだよっぽど堂々としたご馳走やったね」
この場合の「焼きそば」は、揚げ麺のあんかけ、すなわちリンガーハットなど現代の長崎ちゃんぽんの店では「皿うどん」と呼ばれる料理です。焼きそば研究家の塩崎省吾さんの論考では、歴史を遡ると揚げ麺のあんかけは焼きそばと称されることが多く、皿うどんは柔らかい炒め麺のあんかけを指していたそうです。そしてTのメニューでもやはり、揚げ麺は「焼きそば」で、柔らかい炒め麺は「皿うどん」です。そういったことも含めて、僕はその時の紳士の見解には真実があると考えています。
こういった食文化的周圏論の事例は、他にも様々あるはずです。この連載で言えば、広島のお好み焼きだってそうです。東京で生まれた「混ぜ焼き」「重ね焼き」の文化は、その後全国に伝播しました。歴史の中で全国的には混ぜ焼きが主流となり、重ね焼きの文化は発祥地である東京からも失われました。
しかし、名古屋や広島などいくつかの地域では重ね焼きの文化が残り、特に広島ではそれがある時驚異的な進化を遂げました。そして今度はそれが全国に広まっていった……というのは、誰もが知るところです。
それは外食の世界だけの話ではありません。かつて中国から当時の都である京都に伝わった「しゅんかん」という煮物料理は、いつしかその地では途絶えてしまいましたが、なぜか鹿児島では郷土料理として生き残っています。こうなるともはやそれは、方言とほぼ同じ構造と言ってもよいのではないでしょうか。
旅行に行ってその土地のローカルフードを楽しむというのは、弥次さん喜多さんの昔から、日本人にとっての大事なレジャーです。こと現代においては、グルメ的な情報は詳細を極め、その土地ならではのおいしいローカルフードにアクセスすることは容易です。もちろんその情報源をさらに辿っていけば、その歴史や由来だって一通りは語られているものです。
しかし多くの場合、その情報はあまりにも単純化されています。レジャーなんだから、わかりやすく単純であるべきなのは当たり前でもあるのですが、そのレイヤーをもう一枚めくって「深掘り」すれば、そこからは更に面白い物語が浮かび上がってくる、というのが今回の一連の話でした。
歴史の縦軸と地域性の横軸が紡ぐ複雑な物語においても、「自分がおいしいと感じるか否か」というシンプルな直感は確かに最重要ではありますが、同時にそれは物語を読み解くための補助線に過ぎないとも思います。そして紡がれた物語を読み解くことで、感じるおいしさは自然と上昇していくものです。
旅先で名所旧跡を訪れ、その歴史や人々の営みに想いを馳せるように、その土地ゆかりの食べ物に関しても単なる主観的な「おいしい/おいしくない」を超えたロマンを味わう。それこそがローカルグルメを楽しむ、ということなのではないでしょうか。あらゆる知覚を振り絞って、そんなグルメ旅行を楽しみたいものです。
次回は11/16(土)公開予定です。
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