2024.9.7
今でも忘れられない、山奥のお食事処で出された「真っ黒な塊」の正体とは……
から揚げには、こういった自然発生的なローカルから揚げとはまた別の、もうひとつのルーツがあります。それが「ビアホールのから揚げ」。すなわち、都会の飲食店で生まれ、日常のおかずというよりは、ビールをはじめとする酒のつまみとして発展してきたから揚げです。
昔ながらのお店では、それが平皿ではなくバスケットに入って提供されることがあります。付け合わせはフライドポテトかポテトチップス。そして鶏肉は骨付きです。ああ、ああいうののことか、とピンと来た方も結構いらっしゃるのではないでしょうか。
そもそも今は「ビアホール」という業態自体が滅多にありませんが、かつては外食の花形のひとつでした。その名の通り、ビールが主役のお店です。骨付きチキンがポテトチップスと共にバスケットに盛られる、というスタイルは、見た目も含めていかにも「ビールのつまみ」です。どう見ても白ご飯とはなかなか結びつきません。
記事が続きます
日本最古のビアホールは1899年オープンの〔恵比寿ビヤホール〕だそうです。その当時のつまみは、なんと大根。これはドイツの定番おつまみだったラディッシュを意識したものだったそうですが、残念ながらあまりウケなかったようで、今度は佃煮(!)が出されたそうですが、それもパッとせず。しかし戦後になるとようやく、ピーナッツや枝豆、フライドポテトなどが人気を博して行き、そんな中でから揚げも定番のひとつになっていったようです。それがバスケットに入っている場合は、「チキンバスケット」なんて、洒落た名前が付けられました。日本最古の恵比寿ビヤホールは現存しませんが、その近くで1934年に開業したのが、今も全国にチェーンがある〔ビヤホール・ライオン〕です。ライオンでは割と最近まで、ポテトチップスが添えられた骨付きの「チキンバスケット」が人気メニューでした。残念ながら現在では、バスケットに入ってこそいるものの、ポテトチップスは無くなり、鶏肉は骨無しとなり、名称も「LIONチキンの唐揚げ」となりました。つまり、より現代の一般的なから揚げのイメージにそったものに変化した、ということなのでしょう。
から揚げを最初に出した飲食店は、銀座〔三笠会館〕の前身となる洋食店で、1932年ごろのことだったようです。これはバスケットにこそ入っていませんが、チキンはやはり骨付きで、酒のつまみとして手づかみで食べられていたとか。この「若鶏の唐揚げ」は、洋食ではなく中華料理がヒントになったようで、つまり前回触れた北海道のザンギと同じような誕生の仕方だったということになります。三笠会館では今でもこのから揚げが人気メニューですが、味付け自体はかなりあっさりとしており、そこに胡麻塩とフレンチマスタードが添えられています。いかにも都会的でおしゃれなから揚げです。都会の夜の街では、こういうふうにから揚げが浸透していったのでしょう。
僕は1990年代初頭に、アルバイトをしていた京都の店で、まさに「チキンバスケット」を作っていたことがあります。当時既にビアホールという業態は完全に下火だったと思います。その店もビアホールではなく、カテゴリーとしてはパブでした。ただしそこのつまみのほとんどは、運営会社がかつて経営していたビアホールのメニューをそのまま引き継いだものだと聞きました。ミックスナッツやレーズンバター、細かく切れ目を入れて焼いたソーセージや缶ごと焼くオイルサーディンなど、今考えると当時としても幾分レトロなラインナップの中に、チキンバスケットもあったということです。
そのレシピは、今も大体覚えています。基本的な味付けは、醤油・みりん・酒・おろしニンニクでした。そこだけ見れば、まさに現代のから揚げの王道的な、和風の味付けです。しかしもちろんそのチキンは骨付きで、下味には絞ったレモンとその皮も入り、結構多めの黒胡椒と、さらにナツメグも入っていました。和風になりそうなところをスパイスやレモンがギリギリ「和洋折衷」に引き止めている、そんな感じです。それがバスケットに入り、ポテトチップスが添えられ、そしてカットレモンとパセリが飾られたら、これはもう確かに「パブ」の料理でした。決して「おかず」ではありません。
それはとにかくおいしかったのを覚えています。キッチンの担当を任された時は、オーダーが入ると骨から外れた肉の小片を探し当ててついでに揚げ、店長の目を盗んでよくつまみ食いしていたものです。
そんなビールのつまみとしての都会的なから揚げがイメージの中心にある人は、今でもまだ、「から揚げはあくまでつまみであって、ご飯のおかずにはならない」と感じてしまうのかもしれませんね。
次回は9/21(土)公開予定です。
『異国の味』好評発売中!
日本ほど、外国料理をありがたがる国はない!
なぜ「現地風の店」が出店すると、これほど日本人は喜ぶのか。
博覧強記の料理人・イナダシュンスケが、中華・フレンチ・イタリアンにタイ・インド料理ほか「異国の味」の魅力に迫るエッセイ。
「よみタイ」での人気連載に、書きおろし「東京エスニック編」を加えた全10章。
詳細はこちらから!
記事が続きます