よみタイ

おかずになるかならないか、それが問題だ……から揚げから考える「和食」の定義

 味付けの濃いローカルから揚げとして、まず思い浮かぶのは北海道の「ザンギ」です。ザンギは1955年ごろ、釧路市の鶏料理店で生まれたと言われています。ザンギという少し不思議な名称は、中国料理の鶏の揚げ物料理であるザーチー/ザーギーに由来しているそうです。
 古くからの飲食店で提供されるザンギは、必ずしも味が濃いとは限らず、むしろあっさりしたそれにタレをつけて食べるようなスタイルもあるそうですが、その後家庭料理としても定着したザンギは、下味にしっかりと濃い味を染み込ませることが特徴になりました。やはりそこには「ご飯のおかず」としての受容と進化があった、ということなのではないでしょうか。
 
 ローカルから揚げとして忘れてはならないのは、何と言っても大分の「中津から揚げ」です。現在の中津から揚げには、「こうでなければ」みたいな明確な特徴は特に無いように見えます。味付けに関しては、塩やニンニク醤油など店ごとに実に様々な工夫が凝らされており、強いていえば「全部おいしい」というのが特徴なのかもしれません。
 中津付近は元々鶏肉の生産地であり、それがこの地でから揚げが盛んに食べられるようになった、そして多くの店がしのぎを削るようになった、根本の要因であるようです。一説によると、生産地であるがゆえにその鶏肉を塩や醤油に漬けて保存性を高める必要があり、そこに「揚げる」という調理法が結びついたのが中津のから揚げの始まりだとか。
 その発祥伝説に基づいて考えると、ここにも「濃い味」という特徴が浮かび上がってきます。現代の一般的なから揚げの漬け込み塩分濃度は、鶏肉自体も含めて総体で高くてもせいぜい1.5%強程度でしょう。しかしこの程度だと、保存性にはさほど影響を及ぼしません。そこを意識するなら、せめて3%程度は欲しいところです。現代の中津から揚げにそこまで塩辛いイメージはありませんが、それは日本一のから揚げ激戦区において、時代に合わせたアップデートが繰り返された結果なのでしょうか。
 また中津のから揚げは、専門店で揚げたものを持ち帰るのが元々のスタイルです。昔は、今のようにそれを電子レンジなどで簡単に温め直すことはできなかったはず。冷めてもおいしいということは、濃いめの味がしっかり中まで染みていたことでしょう。買って帰ったそれは一部はお父さんの酒の肴にもなったでしょうが、もちろん主に家族のご飯のおかずとして食べられたはずです。そう言えば、中津から揚げはコロモの薄さも特徴のひとつです。冷めてしっとりとした濃い味のから揚げは、当時の日本人の「少量のおかずで大量のご飯をモリモリ食べる」というスタイルにも、実にしっくり馴染んだのではないか、という気がします。想像すると、素朴ながら何だか妙においしそうです。
 

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 しょっぱいから揚げと言うと、鹿児島での子供時代に経験した、強烈な思い出が蘇ります。確か1970年代の終わり頃の話です。
 ある日、家族で山奥の温泉を訪れました。日帰りのドライブです。それまでも何度か訪れたことのある鄙びた温泉で、そこには「お食事処」が併設されていましたが、それまでは一度も利用したことはありませんでした。なぜならそこで、おいしい料理が提供されることは、あまり期待できなかったからです。
 これには少し説明が必要でしょう。現代において、「山奥の温泉に併設の食堂」なんて言うと、いかにも素朴だけどおいしい料理が安く食べられそうなイメージがあるかもしれません。しかしそれは、全国津々浦々まで飲食業が高度に発達した今だから言えることなのです。当時の感覚としては、田舎の一軒家みたいな食堂は、今風の言葉で言う「見えている地雷」でした。街中の繁華街では、今に繋がるような「飲食業の発達」は、既に進み始めていたと思いますが、田舎だとまだまだそういう発展とは無縁でした。
 ところがその日、父親は気まぐれを起こしました。たまにはここで食べて行こう、と言うのです。母親は反対しました。お腹は確かに空いていましたが、僕も反対しました。過去に「田舎の食堂」でまずいものを食べさせられた経験は既にありましたし、何より今少し我慢して山を下って街中まで行けば、おいしいお店はワンサカありました。
 しかし僕はすぐに手のひらを返しました。なぜなら、外から覗き見た店内の壁に貼られたお品書きの中に「とりのから揚げ定食」の文字を発見したからです。
 ここでも少し説明が必要ですが、当時、少なくとも鹿児島においては「から揚げ定食」というものは今ほど一般的なメニューではなかったのです。少なくとも普段行く飲食店ではほぼ見たことがありませんでした。現代では考えられないことです。先ほども少し触れましたが、安価なブロイラーが本格的に普及し始めたのは1970年代以降です。実はその普及を最初に後押ししたのが〔ケンタッキーフライドチキン〕なのですが、から揚げの普及はその後であり、少なくとも鹿児島にはその波はまだ来ていなかったということなのでしょう。
 僕の翻意もあって、その日の稲田家の晩餐は、そこに決定しました。僕は意気揚々とから揚げ定食を注文し、なんと父親も母親もそれに乗っかりました。そしてその後、悲劇は訪れます。

次回は9/7(土)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)。

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