2024.7.20
西日本の民が東京の餃子に感じる「違和感」とは?
そのしばらく後、僕は偶然通りがかりに、一軒の典型的な東京町中華の店を見つけました。その店がちょっと特殊だったのは、どうも餃子が看板メニューであるらしく、外から見えるスペースで一人の女性がせっせと餃子を包み続けていたことでした。日高屋での一件以来、東京町中華の餃子が妙に気になり始めていた僕は、思わず店にふらふらと吸い込まれてしまいました。
その店の餃子もやはり、日高屋とほぼ同じ系統と言っていいものでした。皮は厚め、包みたてだからか野菜は一層シャキシャキで、やはり下味はあまりついていなくて酢醤油は必須。すっかり一時的に「東京のクラシック餃子研究家」となっていた僕は、その後もしばらくそういう餃子を求めて何軒かの店を行脚することになります。どこのお店の味付けも、酢醤油は必須、という印象でした。
その中の一軒に〔ぎょうざの満洲〕があります。こちらも関東メインの出店ですが、関西にも出店があるようです。埼玉発祥のチェーンであり、このタイプの餃子文化が東京のみにとどまるわけではないことが推察されます。
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ここまで読まれた多くの方、特に関東の方は、「餃子に酢醤油はむしろ当たり前なのではないか」と思われたかもしれません。しかし実はそんなこともないのです。近畿エリアでは、餃子は基本的に「餃子のタレ」をつけて食べます。ある調査によると、近畿での餃子のタレの支持率は実に約66%。タレは確かに酢と醤油がメインではあるのですが、そこに何らかのうま味と甘味が加わります。つまりシンプルな酢醤油より、かなりマイルドな味わいということになります。
ある大手メーカーの「餃子のタレ」の原材料表示と栄養成分表から推定してそれに近いものを再現しようとすると、ざっくりですが以下のようなものになります。
・醤油 40g
・酢 20g
・砂糖 10g
・スープ 30g
関東の酢醤油民たちは、「なんで砂糖なんて入れるのだ!?」「なんでスープで薄めなければならないのだ!?」と憤慨するかもしれません。餃子の腹に穴を開けるタイプの人に至っては、「そんなの全然パンチが足らないではないか!」と憤死しかねません。
ちなみに関西では「餃子のタレ」に次いで支持を集めているのは「ポン酢醤油」です。ポン酢醤油の組成は餃子のタレに少し似ていますが、そこから更に醤油の比率が下がります。関西で人気のポン酢醤油は、ダシの成分も濃いめです。
それに対して関東では、もちろん酢醤油派が最大派閥ですが、醤油のみという人もかなりいるようです。こういった差が現れるのは、ことのほか醤油が好きな関東民に対して関西の人々が基本的に甘めでマイルドでうま味の効いた味わいを好むというだけではなく、元々の餃子の味付け自体の違いもあるのではないかと僕は思っています。つまり関西では、餃子はそれ自体でいったん味付けが完成していて、それにマイルドなタレを合わせることで、味に一層の深みをプラスします。それに対して関東では、餃子はあくまで醤油での味付けを前提にしたものとして作られる。
餃子の地域性と言うと、最近では各地の「ご当地餃子」の話題が中心ですが、その前段として、このように根本的な「思想の違い」とでも言うべき地域差があるのではないか、というのが今回の話でした。ここまではかなりざっくりとした話でしたので、次回はもう少し詳細な話もしていきたいと思います。
次回は8/3(土)公開予定です。
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