よみタイ

西日本の民が東京の餃子に感じる「違和感」とは?

 そのしばらく後、僕は偶然通りがかりに、一軒の典型的な東京町中華の店を見つけました。その店がちょっと特殊だったのは、どうも餃子が看板メニューであるらしく、外から見えるスペースで一人の女性がせっせと餃子を包み続けていたことでした。日高屋での一件以来、東京町中華の餃子が妙に気になり始めていた僕は、思わず店にふらふらと吸い込まれてしまいました。
 その店の餃子もやはり、日高屋とほぼ同じ系統と言っていいものでした。皮は厚め、包みたてだからか野菜は一層シャキシャキで、やはり下味はあまりついていなくて酢醤油は必須。すっかり一時的に「東京のクラシック餃子研究家」となっていた僕は、その後もしばらくそういう餃子を求めて何軒かの店を行脚することになります。どこのお店の味付けも、酢醤油は必須、という印象でした。
 その中の一軒に〔ぎょうざの満洲〕があります。こちらも関東メインの出店ですが、関西にも出店があるようです。埼玉発祥のチェーンであり、このタイプの餃子文化が東京のみにとどまるわけではないことが推察されます。
 

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 ここまで読まれた多くの方、特に関東の方は、「餃子に酢醤油はむしろ当たり前なのではないか」と思われたかもしれません。しかし実はそんなこともないのです。近畿エリアでは、餃子は基本的に「餃子のタレ」をつけて食べます。ある調査によると、近畿での餃子のタレの支持率は実に約66%。タレは確かに酢と醤油がメインではあるのですが、そこに何らかのうま味と甘味が加わります。つまりシンプルな酢醤油より、かなりマイルドな味わいということになります。
 ある大手メーカーの「餃子のタレ」の原材料表示と栄養成分表から推定してそれに近いものを再現しようとすると、ざっくりですが以下のようなものになります。

・醤油 40g
・酢 20g
・砂糖 10g
・スープ 30g

 関東の酢醤油民たちは、「なんで砂糖なんて入れるのだ!?」「なんでスープで薄めなければならないのだ!?」と憤慨するかもしれません。餃子の腹に穴を開けるタイプの人に至っては、「そんなの全然パンチが足らないではないか!」と憤死しかねません。
 ちなみに関西では「餃子のタレ」に次いで支持を集めているのは「ポン酢醤油」です。ポン酢醤油の組成は餃子のタレに少し似ていますが、そこから更に醤油の比率が下がります。関西で人気のポン酢醤油は、ダシの成分も濃いめです。
 それに対して関東では、もちろん酢醤油派が最大派閥ですが、醤油のみという人もかなりいるようです。こういった差が現れるのは、ことのほか醤油が好きな関東民に対して関西の人々が基本的に甘めでマイルドでうま味の効いた味わいを好むというだけではなく、元々の餃子の味付け自体の違いもあるのではないかと僕は思っています。つまり関西では、餃子はそれ自体でいったん味付けが完成していて、それにマイルドなタレを合わせることで、味に一層の深みをプラスします。それに対して関東では、餃子はあくまで醤油での味付けを前提にしたものとして作られる。
 餃子の地域性と言うと、最近では各地の「ご当地餃子」の話題が中心ですが、その前段として、このように根本的な「思想の違い」とでも言うべき地域差があるのではないか、というのが今回の話でした。ここまではかなりざっくりとした話でしたので、次回はもう少し詳細な話もしていきたいと思います。

イラスト:森優
イラスト:森優

次回は8/3(土)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)。

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