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【中村憲剛×上野由岐子対談 後編】3連覇を目指すロス五輪。選手、指導者どちらでもいいから日本代表の力になりたい

「共感しまくり」と真剣な表情で上野選手の言葉に耳を傾ける中村さん。
「共感しまくり」と真剣な表情で上野選手の言葉に耳を傾ける中村さん。

選手と指導者、それぞれの色を混ぜて違う色にできれば強度が増す

中村
膝の状態が回復して非常にいいシーズンを送られているとうかがいました。関心ごととしてあるのは、ソフトボールが競技に復帰する2028年のロサンゼルスオリンピック。指導者養成講座も受講されるなかで、どういうスタンスで臨もうとされているのですか?

上野 
日本には(北京、東京に続く)オリンピック3連覇という大きな使命があります。しかもライバル国アメリカでの開催です。指導者の立場、選手の立場どちらでもかかわれるようにという思いで指導者講習に通っています。今準備できることは何なのかを考えながら、(選手、指導者)どちらにも転んでもいいようなイメージで。だから今の段階で、選手にします、指導者にしますという決断はしていません。

中村
なるほど。

上野 
最初のほうにも言いましたが、選手を続けるか続けないかの決断はシーズンが終わって、次のシーズンに向かうときの感情を大切にしたい。自分の心に素直に生きて、今何をしたいかを大事にしたいと思っているのであまり先読みしたくないという思いがあるんです。

中村
選手と指導者、高いレベルでどちらもやれる選択肢を持っている方はほとんどいないと思うんです。その選択肢は上野さんのこれまでの努力、そして結果を残してきたことでつかみ取っているもの。どちらを選んでも、めちゃめちゃ応援します。僕の経験上言わせていただければ、選手と指導者はまったくの別物。同じ現象が起こっても、目線が違うんです。僕は指導者をしながら現役としてプレーした経験がないので、逆に上野さんがどういう道を歩むのかが楽しみでしかたがありません。

上野 
指導者になって、選手のときと考え方が変わったなっていうのはありますか?

中村
変わったというより見るべきものが増えましたね。現役のころはプレーするにしても自分とその周辺の視野を持っていけば良かったんですけど、指導者は試合でも練習でも外から俯瞰して見ないといけませんから。ボールを持っている選手、その周りにいる選手、奥にいる選手、ゴールキーパー……あらゆるものを見なきゃいけないし、彼らの判断を尊重するときもあれば、それぞれのポジションに役割を提示するときもあります。誰に声を掛けるか掛けないか、それも指導者のスキル。普段のトレーニングのなかで選手たちに伝えることがあったとしても、選手たちの創造性を奪うことにもなりかねないのでどこまで話をしたらいいか。いろんなところを見て、いろんなことを考えるのでキリがない(笑)。
(その意味では)現役時代のほうが楽でしたよ、自分でケリをつけられますから。だけど指導者って一転して選手に委ねる側になる。それも自分のイメージも共有してもらったうえで委ねなきゃいけない。だからこそサッカーの指導者はゴールが入るとものすごく喜ぶんです。今は、この気持ちを理解できます。自分がちょっとずつ蒔いた種が、選手たちのなかで育って、同じ絵を描いてゴールが決まったらもう最高。指導者はこれが楽しみなんだと思います。

上野 
私のなかでは指導者的な考え方ができれば、もっと融合できるというか、色を混ぜられると思っているんです。今はどうしても指導者と選手、この2色を重ねている感じなんですけど、そうじゃなくて、しっかり混ぜたい。混ぜて違う色にすることによって、より強度が増す。そういうイメージなんです。憲剛さんの話を聞いて“なるほど!”と思いました。委ねるってそういうことなのかって。選手の立場ではいかに指導者に委ねられるかが醍醐味になるし、委ねる側に立って考えられるようにもなって、すごくイメージしやすい言葉でした。

中村
いずれにせよ上野さんにしか出せない色になると思います。

上野 
指導者、選手どっちもやってロサンゼルスオリンピックに行く可能性はないのかってよく聞かれるんですけど、どっちもはないです。そんなに甘い世界じゃないので。ただ、どちらでもいいから力になりたい。色を混ぜることで選手にも伝わりやすくなると思うんです。監督が言うと絶対の指示になっちゃうけど、監督はこういう意図なんだよって私が言うとアドバイスになるじゃないですか。私は選手は監督にとって、いかに使いやすい駒になるかが大事だと思っていて。“どうして私は使われないの”と言う選手はいます。でもそれって監督に“使いたい”と思わせていないだけ。努力の方向が間違っているよって伝えてあげるだけで変われると思うので。

中村
「そのとおり!」って思わず声が出ちゃいそうになりました(笑)。上野さんはプレーヤーとして最強なのに、指導者も混ぜたらすごいことになりそう。本当に唯一無二の歩き方をされているなって感じますよ。

上野 
混ぜて揉んで、いい色になるように頑張ります!

中村
あっという間に時間が過ぎちゃいましたね。

上野 
憲剛さんとお話できて、共感する部分が多すぎて(笑)。自分がやってきたことは間違いじゃなかったんだなと私も感じることができました。同じような思いでやってきた方がいる安心感みたいなもので満たされたというか。私の知らない指導者という立場での観点から話を聞けたことも、本当に貴重な経験になりました。

中村
こちらこそです。僕自身も自分がたどってきた道のりを上野さんに肯定していただいたような気がして幸せな時間でした。オリンピックにどのような形で向かうのか、心から楽しみにしています。またどこかでいい話ができたらと思います。いやあ、「思考のキャッチボール」楽しかった!

初対面でのトークを終えたおふたり。熱い「思考のキャッチボール」の模様は上野選手の公式Youtubeで!
初対面でのトークを終えたおふたり。熱い「思考のキャッチボール」の模様は上野選手の公式Youtubeで!

【ケンゴの一筆御礼】

上野さんのことはこれまで一人のファンとして見てきて、そのキャリアも追ってきました。北京オリンピックでも、そして前回の東京オリンピックでも活躍されて、本当にすごい方だなとリスペクトしています。まさかその上野さんから対談を逆にオファーしていただくと思わなかったですし、対談が終わった今でも信じられない気持ちが続いています。
上野さんは言語化がとても上手です。言葉がわかりやすいし、響きやすい。1時間半、僕には響きっぱなしでした。今日いろいろ話せたことを、今後指導する選手たちにうまく伝えてあげたいと思っています。「ソフトボールの上野さんはこう言っていたぞ」は説得力しかないので。ありがたい後ろ盾を得た感覚です。
4年後のロサンゼルスオリンピックが、本当に楽しみです。これからの1年、1年を勝負していくのだと思います。上野さんには十分すぎる刺激をいただきました。僕自身、指導者として頑張らないといけない。そう思うことができた有意義な時間になりました。

この連載は不定期連載です。次回はどんなゲストが登場するか? お楽しみに!

今回の対談は上野さんの公式Youtubeとのコラボ企画です!

今回の「思考のパス交換」は、上野由岐子選手の公式YouTubeチャンネル「太陽のように」とのコラボ企画! 全5回に分けて毎週木曜18時に配信されています。対談の模様はもちろん、ふたりのレジェンドのキャッチボールなども。こちらもぜひお楽しみに!

公式YouTubeチャンネル「太陽のように」はこちらから!

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新刊紹介

中村憲剛

なかむら・けんご●1980年10月31日生まれ、東京都出身。中央大学卒。
2003年、川崎フロンターレに入団。20年の引退まで同チーム一筋のレジェンド。Jリーグベストイレブン8回。16年にはMVPも受賞。日本代表国際Aマッチ68試合出場6得点。10年南アフリカW杯、出場。最新刊『ラストパス』は現在4刷で話題。
公式ブログ■中村憲剛オフィシャルブログ
公式X@kengo19801031
公式インスタグラムkengo19801031

上野 由岐子

うえの・ゆきこ/1982年7月22日生まれ。福岡県福岡市出身。身長174cm、右投右打。現在はJDリーグ・ビックカメラ高崎に所属。
小学校3年生からソフトボールを始め、九州女子高等学校(現・福岡大学附属若葉高等学校)2年の時に、1999年世界ジュニア選手権でエースとして優勝に貢献。2001年高校を卒業後、日立高崎ソフトボール部(現・ビックカメラ女子ソフトボール高崎)に入部。2008年8月北京オリンピックでは2日間3試合413球を投げ抜き、金メダルに貢献した。
その後も日本リーグでMVP、最優秀防御率賞、最多勝利投手賞など数々の個人タイトルを獲得。2021年には東京オリンピック金メダルにも貢献。13年ぶりのオリンピック連覇を成し遂げた。

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