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ジャンプ台や氷上で絶対的一人の胸中は【第11回 敵は自分のみの個人種目 】

一人旅、一人暮らし、ソロ活。
縛られず、気兼ねなく過ごせる一人の時間は自由気ままで、得難い魅力があります。
一方で、孤独死、孤食、ぼっちなど、「一人」に対して、否定的なイメージがつきまとうことも否めません。
家族関係も多様となり、ネットやオンラインで会わずにつながる関係性も行きわたった昨今、一人=孤独というわけではないにもかかわらず…。
隣に誰かがいても、たとえ大人数に囲まれていても、孤独は忍び寄ってくるもの。
『負け犬の遠吠え』『男尊女子』『消費される階級』『ひのうえうまに生まれて 300年の呪いを解く』など、数多くの著書で時代を掘り下げ続ける酒井順子さんが、「現代人の孤独」を考察します。

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競技スタート直前の選手の顔

え・たんふるたん
え・たんふるたん

 オリンピック好きの私。先日終わったミラノ・コルティナ五輪も、連日楽しんでいました。
冬季オリンピックは夏季と比べると、その規模は大きくありません。しかし冬季ならではの見どころもあって、それは選手達が孤独と戦う姿なのでした。
 冬季オリンピックでは、雪や氷を利用した競技が行われます。引力に反して高く飛んでいる間にくるくる回ったり、はたまた引力を利用してできる限り速く滑り降りたりして、技の難易度やスピードを競うのです。
 競技の性質上、冬季オリンピックでは、一人ずつパフォーマンスを行うスポーツが多いのでした。大勢で競う競技といったら、アイスホッケーやカーリング、クロスカントリーといったところか。
 高いジャンプ台の上で、これから一人で助走へ向かおうとしている、スキージャンプの選手。
 コーチに励まされながら、いざこれから広いリンクに出ていかん、というフィギュアスケートの選手。
 ……そんなスタート直前の選手の顔こそが、冬季オリンピックの一番の見どころだと私は思っています。
 次が自分の番、という選手達の顔は皆、緊張でパンパン。そんな顔を見ていると、嗚呼ああどれほどこの選手はいま「一人」だろうか、と思います。コーチも仲間も、応援してくれる人もいるけれど、選手はこの瞬間に純粋に一人ぼっちであり、これから始まるパフォーマンスを、全て自分の責任で行わなくてはなりません。
 オリンピックに出るほどの選手ですから、同じようなシチュエーションには、数えきれないほど立ってきたことでしょう。しかしオリンピックという特別な舞台において、国旗を背負い、四年間の集大成を見せなくてはならないという時、その双肩にかかる重圧はどれほどのものか。
 
 

超絶技巧と孤独との戦いと

 そんな選手の顔につい見いってしまうのは、私が学生時代、オリンピック選手とレベルはおおいに違えど、やはり一人ずつ行う競技をしていたからです。
 それは、ボートに引かれて水の上で跳んだり回ったりする、水上スキーという競技。関係者以外は誰も知らないマイナースポーツでしたが、やっている側は、学生生活のすべてを賭けているつもりでした。
 試合の時、水面に浮かぶピットの上に見られたのは、出走を待つ選手達の、パンパンに緊張した顔。もちろん自分も同じ顔をしているのであり、いざ自分の番がきて滑りだした時に水の上で感じる「一人である」という感覚は、それまでの人生で経験したことのないものでした。
 滑走系の種目は、一回失敗するとそこでおしまい、というケースが多いものです。球技や長距離走などでは、一度失敗しても、そこからじりじりと巻き返すことが可能ですが、スキーやスノボ、スケートといった競技では、一度転倒すると、その瞬間に勝つ望みはほぼなくなることが多い。
 だからこそ選手は、「転倒したらどうしよう」という恐怖と戦うことになります。極限の緊張状態の中で実力を出すには、今まで繰り返してきた練習を信じるしかありません。
 が、優勝を確実視されていた有力選手が、信じられないようなところで転んでしまうこともあるのでした。顔を上げることができないほどうなだれる姿を見ると、この手の種目の残酷さを感じざるを得ません。
 冬季オリンピックは、信じられないような超絶技巧を見る場であると同時に、孤独との戦いを見る場でもあるのでした。選手達は、ライバルや引力や自然と戦いつつ、「一人ぼっち」という状態をも克服しようとしています。克服に成功して満足のいく結果を出した選手の笑顔は、だからこそ眩しい。
 敗者から漂う悲壮感もまた、独特です。一人で滑り、失敗して負けた時の悔しさは、相手に組み伏せられて負ける悔しさとはまた別種のもの。敵に負けたのではなく自分に負けたからこそ、悔しさ、悲しみの持って行き場がありません。
 比較的最近オリンピックに採用されたスノーボードやスケートボードといった横ノリ系の種目では、選手同士が互いの成功を讃えあい、失敗を慰めあう姿が印象的です。横ノリ系のカジュアルさがそうさせているのでしょうが、それは一人で滑る孤独さを、お互いが理解しているからこその姿のように思います。

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新刊紹介

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』『老いを読む 老いを書く』『松本清張の女たち』『ひのえうまに生まれて 300年の呪いを解く』の他、『枕草子』(全訳)など多数。

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