よみタイ

群ようこ「いかがなものか」
ふだん何となく思っていながらも保留にしがち、あるいは言い切れないこと。
世間で起こる事件、流行、事柄、町で見かけたことなどについて、
違和感と疑問をスパッと投げかける。
群ようこ流、一刀両断エッセイ。

第7回 CM

 うちではCS放送の契約をしていないので、テレビで観られるのは地上波とBSである。テレビを観るのに割ける時間があまりなく、興味のある番組は録画して、時間があるときに観ている。ふだんは地上波だけを観ていることが多かった。
 それが一年ほど前から、昭和の有名人が登場するクイズ番組が面白く(といっても友だち二人にすすめたけれど、彼女たちはそれほどでもなかったという反応)、そのためだけにBSを観るようになった。前からBSには通販番組が多いのは知っていたし、スタジオのおばさんエキストラの、わざとらしい「えーっ」「安ーい」「欲しーい」という叫び声にはうんざりしていた。そういった番組を観なければ問題はないのだが、BSでは地上波で観られないようなCMが流れている。とにかくえぐいのだ。
 CMは何であっても、視聴者に対して「あなたにはこれが足りない」「これを使っていないと損をする」「持っていないと遅れてますよ」と不安感情を駆り立てるようにできている。地上波のCMはそれであっても、多少、オブラートに包まれている。しかしBSのCMは直接的なのだ。どうしてかと考えてみたら、BSを観ている層が地上波よりは高齢なので、はっきりいわないとわからないから強烈な表現にする、あるいは年寄りにより強い恐怖を与えて、財布を開けさせようという魂胆ではないかと疑うに至った。
 地上波のCMは、どんなものであってもオブラートに包まれて表現される。頭痛薬の場合、美人女優が、
「ちょっと痛い」
 といった顔をしかめる程度の演技をし、薬を服用すると、ぱーっと顔の表情が明るくなって、治ったことをイメージさせる。本人にとっては問題のある毛深さであったり、体の痛みであったとしても、
「大丈夫だよ。これを買ったり、使ったりすれば平気になるよ」
 とほっとするような優しさで包み込んでくれる。結局は商品を買わせるのには変わりないのだが、高齢者に対しても、現実を直視しない方向に持っていっている。大人用の紙おむつなども、下着と変わらない感覚で身につけられて安心と、使う人が前向きになれるようにとアピールしている。なかには、排尿痛に「ボーコレン」、ひびわれに「なめらかかと」、おならに「ガスピタン」、しみに「ケシミン」、肛門のかゆみに「オシリア」など、いつも薬のネーミングが個性的な小林製薬が、直接的な方法で攻めている例もあるが、CMを観てもぎょっとはしない。
 しかしBSの「痛み」「悩み」の表現はそんなものではない。とにかく痛み、しみ、口の臭いなど、老いに強く訴えかけるものが目立つ。高齢者がターゲットなので、有名なタレントではなく、一般人に近いリアルな中高年を登場させ、そしてその痛がり方も、「ちょっと痛い」というような軽いものではない。ソファから立ち上がったとたんに、明らかに普通ではない姿勢で腰を押さえたり、一歩踏み出したとたんにくずおれて、膝に手を当てて顔をしかめ、「ぐああ」「ぐおおお」といった苦悶の叫びが聞こえてきそうな表情なのだ。明らかに、
「これは尋常ではありません」
 といった雰囲気の作りになっている。高齢者は、「これは私も同じ」「今はそれほどでもないけれど、おれもいずれはこうなるのか」と不安になるに違いない。そこで薬がどーんと登場して、服用した人がどんなに体が楽になったかを説明する。飲み忘れの心配がある高齢者のために、一日一錠でいいとか、彼らの心理をよく考えて作っているのだ。おまけに、値段の高さに対する不安にも応えて、今、申し込めば初回のみ70%オフなどというとてつもない値引き。それを観て高齢者がお得とばかりに購入するのが目に見えるようだ。
 高齢になってくるとまつげが抜けて本数が少なくなるものだが、まつげがたっぷりあるのを「びっしり濃密まつげ」、その反対の状態を「がっかりまつげ」といっているのもちょっとひどい。「50代からの根本枯渇」という文言も観た。また女性のしみの場合、地上波では顔にしみ風のメイクをしたとしても、それほど大きくないものがひとつある程度なのに、BSでは、
「そんなにしみを作らなくても」
 といいたくなるくらい、複数のしみを作った女性が登場する。もちろん彼女は困惑した様子で鏡で自分の顔を確認し、その表情がとても暗い。誰かの顔にしみが多かったとしても、悪口はいわないし、老けているとも思わない。少なくとも私はそうだ。
 BSのCMに対しては、
「あんたたちには温情というものがないのか」
 といいたくなる。もしもBSで大人用紙おむつのCMが流れたら、視聴者に向かって指を指し、
「あなた、漏らしましたね。これを使わないからですよ」
 といいそうだ。それくらいBSのCMは容赦なく切り込んでくるのだ。
 そしてつい最近、目にしたのは、ネコが登場するCMである。地上波でも旅行会社、風邪薬、携帯電話会社などにネコが登場していて、どのCMでも花を添えている。しかしBSでの演出は、
「飼い主の口の臭さに閉口して、ぶつぶつと心の声で文句をいい続けているネコ」
 になっていた。その飼い主というのも、おっさんではなく美魔女の奥様。昔、
「おじいちゃん、お口臭い」
 と女児が祖父の口臭を指摘するCMがあり、観ているほうも、
「まあ、じいさんの入れ歯の臭いなら仕方がない」
 と納得したものだ。しかし口が臭い相手が美魔女なのは、はじめてではないかと思う。おじいちゃん、おっさんの口が臭いのは過去のCMですでにいい尽くされているので、メーカーは今までターゲットにされていなかった、美魔女の口が臭いと打ってでたのだ。

 ネコの心の声は画面に文字で表示される。
「五年間、至れり尽くせりで感謝してるにゃ」
 ネコは健気なのである。しかし美魔女の口が臭いのが耐えられないので、そのたびに、
「おえっ」
 となる。彼女が口を開くたびに、そこからは茶色い煙みたいなものが吐き出され、ネコはそっぽを向く。彼女はネコがかわいいので、朝、起きてすぐに顔を寄せて撫でてやる。そのたびにネコはげんなりする。
「朝はまた一段とニオうにゃ! もう気絶しそう」
 それを見た美魔女が、
「朝はいつも元気がないのねえ」
 と声をかけると、ネコは、
「あなたのせいだにゃ!」
 というのである。そんなに臭いのなら、ネコよりも最初に夫が気がつくのではと思うが、かわいがっている対象に臭いといわれる衝撃を狙ったのに違いない。
 ネコは臭いと嫌がりつつ、飼い主のために、
「なにか、いいものないかにゃ~」
 とつぶやく。そこで登場するのが、口の臭いを消すタブレット。そしてそれを使った美魔女が、ネコを撫でながら話しかけると、その口から出るのがそれまでの汚い茶色ではなく、緑色のキラキラした煙に変わるのだ。ネコ好きからすると、登場するネコが終始緊張していて、心の中の声とネコの態度が一致しておらず、このネコは大丈夫かしら、慣れていないのに撮影につれてこられているんじゃないのかなと、そちらのほうが気になってしまった。
 もしもこのCMがゴールデンタイムの地上波で流れたとしたら、
「あんなに外見に気を遣っている美魔女が、歯の手入れをおろそかにしているわけないじゃない。絶対に口は臭くないはず」
 といった意見が殺到するのではないか。そしてネコを見て、「ネコ、怯えてる」「かわいそう」「無理やり連れてきたのでは」などの意見が出るに違いない。CMを観て、買ってみようという人はあまりいないような気がする。しかし視聴者の平均年齢が高いBSだと、
「あんな美魔女でさえ臭いのなら、そうでない私はどんなに臭いのやら」
 と飼いネコをそっと見たりする。ネコを抱き上げて、
「お口、臭い?」
 と聞いてそっぽを向かれたら、あわててそのタブレットを作っている製薬会社に電話してしまう可能性はありそうだ。BSのCMはえぐいけれども、きれいごとではない真実を伝えているのかもしれない。しかし中高年の体は、直球がツボに当たるととても痛いのである。そこを財布を開けないでぐっとがまんするか、へなへなとメーカーに電話してしまうかは、その人次第だ。私は騙されないと思いつつ、次はどんなCMが登場するのかと、じっと画面を見つめているのである。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社、84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。同年に同社を退職し、専業作家となる。小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』『咳をしても一人と一匹』『散歩するネコ れんげ荘物語』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『かるい生活』『まあまあの日々』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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