2026.2.10
韓国社会の苛烈な競争と自己責任のプレッシャーから解き放たれて――「私は私のままでここにいて大丈夫」と思える理由
100年の歴史をもつこの場所で、元新聞記者の堀内京子さんはフィンランド語の教室に通いはじめました。
そこで出会ったのは、いろいろな国からそれぞれの理由で、この街へ来ることになったクラスメイトたち。
生まれ育った国を出る決断の背景には、どのような物語があるのでしょうか。
「ほぼ全員が(フィンランドの)外国人」という教室で交差した、ひとりひとりのライフヒストリーを紹介するルポ連載です。
前回に続き、韓国からやってきたイェジについて。
第4回 “勉強ばかりの暗い20代”を経て、フィンランドで看護師になった韓国人のイェジ(後編)
それから1年後、私は、ヘルシンキから2時間ほどのタンペレという街に引っ越したイェジに会うために、列車に乗っていた。
あのあと、勇気をふるって教授にメールを出した私は、驚いたことに「契約を延長します」という返事を受け取った。そのおかげでビザも延長できたのだった。あの日もしイェジと会っていなければ、教授にもう一度聞いてみるという勇気は出なかった。そして、「自分の準備が足りなかったから仕方がない」と思いながら荷物を詰めて日本に帰っていただろう。人生はわからないものだな。窓の外を流れる緑の風景をみながら考えていた。でも、もしかしたら、人生には案外たくさんの、自分が気がつかなかった面白い道や、出会わなかった人がいたのかもしれないとも考えなおした。そしてこれからも、そういうものはあるのかもしれない。
タンペレ中央駅まで迎えに来てくれていたイェジと、天井の高い駅舎で抱き合った。メッセージのやりとりはしていたが、久しぶりに会うイェジはとても元気そうだった。彼女が婚約者と住んでいる街には大きな川が流れていて、私たちは日本語で近況を話しながら、彼女が案内してくれたカフェに入った。

私は、イェジはどうしてどんなときでも自分を肯定できるのかを、改めて聞かせてもらった。意外にも、いつも韓国で「あの子は違う」「あの子はなんか特別」という扱いをされていたのだという。
「お母さんが通っていた教会でも、大人たちが家で『イェジは変わってるね』『父親が出ていってしまった家の子だからイェジは悪い子』と話したりして、それを聞いている友だちもあまり自分を好きじゃなかったと思う。私の周りには、あまり変わっている人がいなかったんですね。だから自分もアウトサイダーみたいな気分で暮らしていました。フィンランドでは本当に外国人でアウトサイダーだから、同じ韓国人なのにアウトサイダー扱いされていたときよりも今の方がマシと思います」と笑う。
「フィンランドは暗いとか、ご飯が美味しくないとか言う人もいるけど、私はそれが悪いことだとは全然思いません。最初に住んだ町は冬は朝8時でも真っ暗だったけど、新鮮な空気を吸うのが好きで、楽しいです」
彼女はソウルから車で30分ぐらいの教育熱心な町で育った。 家族は両親と弟。
「お母さんは教師で、お父さんは家で一緒に暮らしたり、いなくなったり。『ちょっと何やっているのかわからない』自由人でした。お母さんはいつも『私みたいに生きたらだめ。外国に行っていろんな経験をして、自分がやりたいことをやってほしい』と言ってた。弟にはそんなこと言っていなかったのに」とイェジは言う。このあたりはもう「キム・ジヨン」とは、全然違う。
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教員だった母は、韓国の受験競争の厳しさを知り抜いていたので、イェジは中学校からはホームスクーリングで学んだ。彼女の流暢な日本語もその時に、家でアニメや映画を見たり、好きな歌手の曲の歌詞を読みながら覚えたのだという。高校卒業資格を取ったあと、通信制大学で学んだ。
イェジ曰く「世界一、数学を教えるのがうまい」という母は、仲間と共同で数学と英語の学習塾を立ち上げ、評判がよく200人の生徒が集まった。「でもお母さんはストレスを抱えていたんです。お父さんは結婚しても自由人だったし、そんなお父さんを変えるのは自分の責任だと思っていたから」
親戚から「あなたは、夫より出来がいいから夫をダメにしている。だから塾の仕事なんて、やめた方がいい」と言われて、大事にしてきた塾を人に譲ってしまったほどだという。
数年前に離婚した母は、また塾を始めた。
「お母さんはいつも、『私は運がよかった。チンピラと結婚したのだけが失敗だけど(笑)、イェジと弟に会えたからいいわ』って言ってくれている。そんな女だから離婚されたんだ、って悪く言う人もいるけど」
韓国では子どもが近くに住み、孫の顔を見せてくれるのが幸せだと思われていて、イェジの周りの韓国人女子たちは「寂しいから戻ってきて」と親に言われているそうだ。
それを知っているイェジもたまに母親に大丈夫かと聞くけれど、母は「たまに帰って顔見せてくれたらうれしいけど、どこで住むのもあなたの人生よ」という。
「お母さんは『もっと早く離婚すればよかった。ひとりで住んでるの最高!』って言っています。父親が母親を傷つけるようなことを言っても『だからなに? それがあなたが言うべき言葉なの?』って言い返していたし、私はお母さんが傷ついたところを見たことがない。『お母さんすごい』って思ってました」
「いやほんと、イェジちゃんのお母さんすごいね!」と私はすっかり心を動かされて言った。
「でもそれを」とイェジが面白そうに言う。「(フィンランド人の)婚約者に『うちのお母さん、強くない?』って聞いたら、『ううん、普通』って言われました」
「あ……そういう反応かー」
「そうなんですよ。ああ、もしフィンランドで生まれていたらうちのお母さんも『普通』だったのに、韓国で生まれたばっかりに……って思う」と言って、イェジは水を飲んだ。
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