よみタイ

40歳でも、小さな子どもが2人いても、フィンランドでは外国人にも機会がある(第3回 後編)

 ところで、フィンランドにも偏見はある。
「フィンランドでも、マッサージセラピストはそれほど尊敬されないの」
 プインがフィンランドに来たばかりのころ、大手紙の調査報道で、ヘルシンキ市内の約50あるタイマッサージ店の多くが性的マッサージを提供する、という記事が載った。タイも含めアジア、そしてマッサージセラピストへの偏見があった。彼女はいやな経験も話してくれた。

 ある日、プインのサロンに、自分で歩けないほどの高齢の男性が訪れた。プインは階段をのぼれるように介助して、丁寧に店に招き入れた。その男性がおもむろに「セクシュアルマッサージを」と注文した。
「本当にびっくりして。そんな店じゃないし、助けてあげたいと思ったのに、もう、耳から湯気が出て、めちゃくちゃ怒ったんだよ」

 タイの友だちと電車に乗っていたときにも、おかしなことを言われたことがある。向かい側に座っていた男性が、
「君たちはタイから来たの? タイは何でも安く買えていいよね。君たちのことも……」
と話しかけてきた。
「その瞬間は、何を言われているのか分からなくて、あとで怒りがわいてきて。友だちと、『なんか言ってやればよかった!』って悔しがったんだよー」

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 そんな苦い経験をしたプインも、その後、通っていた教会でフィンランド人の男性と出会い、結婚。子どもも生まれてサロンは閉めた。
 息子が赤ん坊だったときの健康診断では、70歳ぐらいの女性の医師とこんなやり取りがあった。

「あなた、赤ちゃんに何語で話してるの」
「家ではタイ語です」
「ここはフィンランドですよ。フィンランド語で話して」
「あなたの夫とはどこで知り合ったの? あなたはどこで英語を勉強したの? あなたの英語はうまくない」「まだ母乳を飲ませてるの? まだ自分で食べたり着替えさせたりしてないの?」

 プインはこう振り返る。「タイ人の母親だとバカにしたような態度だった。フィンランドにも偏見を持ってる人はいるよ。でも、自分は何か他のものにはなれないし、これが私だし」

 そして44歳になった今、彼女はもう一度、自分のマッサージ店を開こうとしている。夫は、夕方には家にいてほしいと言うけれど、
「子どもが2人生まれて合計10年ぐらい、ずっと家にいたから、もうおかしくなりそうだったよ。フィンランドでマッサージセラピストの学位も取れたし、やっと前に進める」
と笑顔で言った。

 ヘルスケアという視点で、スパでのマッサージより、体調が悪い人を治せるようなマッサージを目指すという。ライセンスがあると選択肢も増え、税金も低くなるからもっと稼げるようになる。
「フィンランドは外国人にも機会がある。起業も歓迎して、応援してくれた。40歳でまだ小さな子どもがいても、年を取りすぎてるとは言われないのはよかったな」

 起業して外国で子育てもして、忙しいプインが一番幸せな時間は、やはり森の中にいるときだという。

「きのこを採ってると日常は頭から消えて、タイの子ども時代を思い出すの。タイにもフィンランドのtattiと同じきのこがあるよ、もう少し小さいけど。幼いとき、両親がよく森に連れていってくれて、きのこの見分け方を教えてくれた。私の故郷は水田もあるけど、乾いた森もあって、自転車に乗って行ってたな。お母さんが森の中で迷ったりしたのも、楽しかった。悪くない思い出でしょ」

「若いときは、友だちとどこかに遊びに行くのが好きだったけど、自分の家族ができてからは、ヘッドフォンで音楽やラジオを聞きながら森に行くのがめちゃくちゃうれしい、幸せな時間。瞑想みたいなもの」という。「私は人生で、一度も怖かったことないな。目の前にある壁を、ジャンプしてきただけ。何をしたいか分かっていたから。タイを出る前の自分に言いたいこと? 『迷ったら森に行って、きのこを採れ』かな(笑)」

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 プインと会って数日後、フィンランドが、対人地雷を持つことと使うことを禁じたオタワ条約から離脱するというニュースが流れた(離脱通知から半年後の2026年1月10日付で発効)。ロシアと1300キロの国境を持つフィンランドは、ロシアのウクライナ侵攻のあとNATOに加盟。国境が、そのままロシアとNATOの境界線のようになっている。そのニュースを聞いて私の頭には、フィンランドが対人地雷廃絶の動きと逆行していくのかというやり切れなさと、国境のどちらにも限りなく広がる森の景色が浮かんだ。あそこに地雷を埋めてしまうのか……。無条件で与えられること、人生の充足感とは何かを教えてくれるきのこが毎年毎年生えてくる、あの森に――

(連載の文中の肩書や組織、値段や為替レートなどはそれぞれ2026年1月時点のものです)

第4回前編は2026年1/27(火)公開予定です。

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堀内京子

ほりうち・きょうこ
ライター。1997年から2023年まで新聞記者。退職し、現在は二人の子どもとヘルシンキに滞在。著書『PTAモヤモヤの正体』(筑摩選書)、共著に『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)『まぼろしの「日本的家族」』(青弓社) 『ルポ税金地獄』(文春新書)、朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班として『ルポ若者流出』(朝日新聞出版)がある。

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