よみタイ

酒井順子「家族終了」

第14回 毒親

 なぜそのような活動に身を捧げるようになったかというと、彼女は小さい頃から、自分の夢を子供に託した親から卓球の英才教育を受け、時には殴られたり、怒鳴られたりしていたのだそうです。そこから逃避をするために道を踏み外したこともあったけれど、次第に「子供達のためになりたい」という気持ちが募っていった、と。親に対する絶望が、親との縁が薄い子供達への優しい眼差しとなったのでしょう。
 私はこの記事を見て「あ」と思ったものでした。マスコミに登場するような天才卓球少年・少女の陰には、同じように小さい頃から特訓を受けてきても、張本くんや美宇ちゃん、美誠ちゃんのようになることができなかった人が、実はたくさん存在する。そして、世界で活躍する選手の親は「上手に子供を育てた偉大な親」と言われるけれど、そうでない人の親は「自分のエゴを子供に押し付けた毒親」になってしまうのではないか、と。
 卓球だけではありません。様々なスポーツや囲碁・将棋などの世界でも、昨今のスター選手の多くは、「親もしていた」とか「親にすすめられて」という理由で、小さい頃からの英才教育を受けているものです。
 勉強にしても、そうでしょう。親の方針で、小さい頃から勉学の方面に突出するように育てられる子供はたくさんいます。
 そんな中でも、皆が成功するわけではありません。自分の知り合いを思い浮かべても、親が教育者だったり、高学歴だったりして「我が子も」と思っている場合、素直に親と同様の道を歩むケースもあるけれど、反発してとんでもない方向へ進んでしまったケースもあったもの。そしてやはり、前者の親は「うまく育てた」と言われ、後者は「毒親」と言われるのです。
 毒親という言葉がブームになったのは、ここ数年のことでしょう。しかし、言葉の登場以前から、この手の問題は存在していました。思えばドラマ「3年B組金八先生」においても、子供に過干渉な親、勉強を強制しすぎる親など、今で言うところの毒親が描かれていたのです。
 最初に金八先生が放送された一九七九年(昭和五十四年)頃は、「教育ママ」「母子密着」といったことが話題になっていました。当時の母親達といえば、結婚したら仕事を辞めて家庭に入るのが当たり前だった世代。母親達は、「私はできなかったけれど、この子には‥‥」と、様々な見果てぬ夢を、我が子に注入しながら子育てをしていました。
 その当時の中高生の親は、戦争末期や、戦後の混乱期に子供時代を過ごした世代。日本が貧しかった時代を知っており、かつ高度経済成長期に大人であったからこそ、自分の子供には、自分達よりも色々な意味で「上」の生活をしてもらいたかったし、当然それができると思っていました。
 そんな親達が、今思えば毒親の走り。もちろん、もっと前にも子供に対して厳しい教育を強いたり、子供の進む道を独断的に親が決めたりといったケースは、多々あったでしょう。しかし昔の強権的な親は、毒親とは言われませんでした。封建的な社会においては、親が子供について決定権を持つのは当然でしたし、子供も「NO」と言う権利は持っていなかったのですから。
 毒親問題は、子供の側が、
「うちの親は毒親でした!」
 と意識し、宣言することが可能な民主的な社会になったからこそ、表面化した問題です。私の世代の場合は、世の中が民主的かつ平和である上に、父親は仕事が忙しくて家庭を顧みず、母親は専業主婦で家にべったり。‥‥という社会情勢の中で、母親と子供の近すぎる関係が問題になりました。母親達は、食うや食わずで明日をも知れぬ命、といったわかりやすい不幸は感じていなかったけれど、漠然とした不安や不満を抱くように。そのモヤモヤを夫が受けとめないので、母親達は子供において自己実現をせざるを得なくなっていきました。そしてそんな子供が長じて後、「自分の人生がどうもうまくいかないのは、親に原因があるのでは?」と、声をあげるようになったのです。
 例えば拒食症になった理由を辿っていくと親にたどり着いた、とか。勉強しろというプレッシャーに耐えかねて犯罪を犯してしまう、とか。当時はまだ「毒親」という言い方は浸透していませんでしたが、子供の製造責任者としての親のあり方が、問われるようになってきたのです。
 何事も原因がわかるとすっきりしますが、自分の人生の問題点の原因が親にある、としたことによって、視界がひらけた人は、多かったものと思われます。人生がうまくいかないのは自分のせいではない。親のせいなのだ、と思えば、重荷から逃れられたような気分にもなることができた。
 我々世代が「毒親育ち」をカミングアウトするようになったことによって、「うちの親も」と思い当たる人は多かったものと思われます。「毒親」という言葉は次第に広まり、自身の毒親体験を綴ったエッセイなども、次々と出版されるように。有名な作家さんでも、毒親体験を書いている方が珍しくありません。毒親は、子供に表現欲求をもたらす存在でもあるのかもしれず、
「私の親って、毒親だったから」
 という告白は、
「私、発達障害だったんです」
 と同じ様に、しばしば聞かれるものとなったのです。
 毒親について書くのは女性が多い気がするのですが、それは母親が娘に対する複雑な感情を抱きがちだからこそなのかもしれません。自分は短大までしか行くことができなかったから、娘はなるべく偏差値の高い四年制大学へ進んでほしい。自分は結婚で仕事を辞めたから、娘にはバリバリ仕事を続けてほしい。‥‥と期待しつつ、いざ娘がその通りの道を歩み始めたら、
「あなたは気ままに生きていけていいわよね、私なんか‥‥」
 と、猛然と嫉妬をしてきたり。
 また、「男女交際なんてとんでもない」と娘に清浄な生活を強制していたのに、ある年頃になったら急に、
「彼氏の一人もいないの?」
「早く孫の顔を見せてほしい」
 とやいのやいの言い始め、その割には見合いの話を持ってくるでもなく、
「自分で見つけられるでしょう?」
 と、放置。「ずっとセックスなんて考えることも禁止だったのに、急にセックスしろだなんて」と、娘を戸惑わせたり。
 女性の生き方がどんどん変化していくからこそ、母親の教育方針と娘の生き方との間には、ズレが生じがちなのでした。そのズレから毒素が生じ、娘の人生をじわじわと侵食していくのでしょう。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。広告会社勤務を経て執筆専業。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞を受賞。著書に『おばさん未満』『男尊女子』『女子と鉄道』『源氏姉妹』『an・anの噓』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』など、現代世相の分析から古典エッセイまで多数。

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